フリーライターのDさんは、よく仕事仲間のFさんの仕事を手伝っていた。
Fさんは社員数人を抱え、編集プロダクションを経営していたが、多忙なときはDさんに応援の依頼を良く出していた。だが、いつも、その仕事は急な仕事であった。
「頼むよ Dちゃん、うちも戦力なくてさ」
仲間のそんな泣き言にほだされて、今回も手伝っていたのだ。だが、流石に今回の仕事は堪えた。
(たまにはFさんに、飯でもおごらせてやろう) そんな軽い気持ちで、友人の事務所を訪問したのだ。
「ねえ、Fさん、いる?」
ドアを乱雑にノックする。だが、まったく反応がない。
「どうしたの? 病気かい?」
再びドアを叩くが、何の物音もしない。今朝までメールの返事は来ていた、何処かに出かけたのであろうか。
(おかしいな、この部屋自体、人の気配が希薄だ)Dさんの脳裏に出版社の編集者の台詞が蘇る。
「最近、Fちゃん、妙なんだよね、何かに怯えているみたいで、家から一歩もでないんだ」
確か、昨日の電話で共通の知人がそう話していた。
(何かに怯えている? まさか過労でついに心が折れたのか)そう思うと心配でたまらなくなってきた。思わずドアノブに右手が伸びた。
「Fさん、入るよ」
そう言いながら入っていくDさん。室内は薄暗く、異様な臭気が漂っている。
「なんだぁ、この匂い」
顔を顰めるDさん。まるで、クサヤのような異様な匂いが充満している。室内は空気の対流がなく、霧のように霞む大気を掻き分けながら奥の部屋に進んだ。
「いるのか、Fさん、そこに‥」
まるで、すねた子供に呼びかけるように囁く。
「そこにいるんだろ」
そうDさんが囁くと、部屋の隅で何かが動いた。人間のようだが、顔がはっきりみえない。コソコソと動くと部屋の壁に背中を当てて座り直す。
「誰だ!」
身構えるDさん。暗闇でうずまっている人影。やはり、仕事仲間のFさんである。異様にやせ細り、目玉だけがギラギラと光っている。
「どうしたの?」
幽鬼のようなFさんに駆けより、肩を抱くDさん。枯れ木のように軽い体、ボロ布のような衣服を身にまとっている。
「外で出なきゃ、いや病院に行かないと」
そう言って、連れ出そうとするDさんの手を振り払うとFさんは身を縮めた。
――――女が、女が
まるで、幼子のように顔を左右に降り、いやがるFさん。
(女だって、女がどうしたって言うんだ)Dさんは、しばし呆然としてFさんを見つめた。
「女がどうしたの? 病院ぐらいいいでしょ」
だが、その言葉に耳を塞ぎながら、Fさんはつぶやいた。
――――あの女は、すきまからやってくる
「すきまって‥」
闇に目がなれてきたDさんが室内を見渡す。部屋のありとあらゆる隙間にガムテープが張られている。
冷蔵庫と壁の隙間‥。窓と窓枠の隙間‥。本箱と箪笥の隙間‥。机とパソコンの隙間‥。
ガムテープでありとあらゆる隙間が塞がれているのだ。
「馬鹿な、隙間って、あんな小さな隙間から女が来るなんて」
そう言って、ガムテープをはがそうとするDさんを必死に止めるFさん。
―――やばいよ、やばいって、あの女はすきまから来るんだ
目玉に血管を浮かび上がらせ、しがみつくFさんの顔。
(これは相当疲れているな、すきまから女が出てくるなんて、妖怪じゃあるまし‥)そう考えたDさんは、Fさんの手を再びとった。
「兎に角、行こう、過労だよ、過労」
だが、怯えるFさんは、ヒステリックに叫んだ。
―――あのすきま女は、隙間から出て来て、俺を放さないんだ
Dさんが哀れんだような表情を浮かべる。
「いい加減にしなよ、すきま女なんて馬鹿な話だよ」
その瞬間、Fさんの鼻の穴がガバッと開いた。
「うわぁぁぁ」
驚いて、後ろに下がるDさん。
Fさんはフガフガと、鼻から息を吐きながら、こちらに這って来る。
鼻の穴が異常に大きくなってくる。
「なんですか、ええ、なんですか」
腰を抜かした状態で、後ろにさがり続けるDさん。そのDさんに向かって、鼻の穴から薄っぺらい女が出てきた。
「あああああ、女が隙間から出てきた」
仰天するDさん。うすっぺらい女はゆらゆらと揺れると、にたりと笑った。
・・・すきま女は、あらゆる隙間から侵入する。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)