業界のウワサ

「日本のプロレス」はフリーメイソンによって作られた!!

日本で初めてプロレス興行を行なったのは「フリーメイソン」である。

秘密結社として知られるフリーメイソンは慈善団体という面も持ち合わせており、敗戦後の日本でチャリティー活動の資金を得るためにプロレスを広めたと言われている。

1951年9月30日、旧両国国技館で日本初のプロレス興行が行なわれたが、当時はアメリカのレスラーしかおらず観客も米軍関係者の家族しかいなかった。そこで、当時力士を引退したばかりの力道山が日本人プロレスラーとして白羽の矢が立ち、力道山はアメリカで修行を行なった末に次々とアメリカ人レスラーを倒していくという、まさしく日本のヒーローとなった。

プロレスはフリーメイソンによってもたらされた娯楽であったと言われているが、フリーメイソンがプロレス興行を行なったのは、単に慈善活動のためではなかったという説が存在する。

戦後の日本で戦勝国のアメリカは、発展途上国がそうであるように日本で暴動がおこることを恐れていた。日本人の団結力が脅威となることを知っていたアメリカが、日本人の鬱憤感情のガス抜きとして広めたのがプロレスであったというのである。また、プロレスを通して日本人を欧米文化に染め上げ、日本人の奴隷化を促進することを計画したものであったとも言われている。




また、力道山は今でこそ在日韓国人であったことが知られているが、当時は業界の中でもそれに触れることがタブーとされていたという。GHQが在日系の人々を利用することで日本分断を考えていたという説もあり、力道山をヒーロー化することによって彼の出自から目を逸らすという思惑があったのではないかとも言われている。

力道山は1963年に暴力団員の男性に腹部を刺され、その後亡くなっている。これは、力道山が絶大な人気を得て傲慢となり、フリーメイソンの意向に沿わず身勝手な行動をとるようになったため始末されたのではないかと、あくまで噂として囁かれている。

様々な思惑の中で日本に持ち込まれたとされるプロレスであるが、本来の思惑がその通りに働いたかは定かではない。むしろ日本においてプロレスは、独自の進化を展開するに至ったと言える。

歴史上、韓国が中国から伝わった儒教をそのままに受け入れたことで属国化していた反面、日本は独自に儒教を吸収し発展させたことで完全なる属国化を避けたと言われているが、プロレスにおいてもそうした日本の変容力が発動したと言えるのかもしれない。

日本は他国の文化を取り入れるなかで、吸収して自分たちに合うように変容する能力が備わっているとよく言われているが、ここでも例外ではなかったようである。

【参考記事・文献】
・山口敏太郎/飛鳥昭雄『日本人奴隷化計画』
・秘密結社の謎研究会『フリーメイスンの謎と正体』

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(にぅま 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 スポーツニッポン – スポーツニッポン, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=14710830による

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