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「長屋王の呪い」藤原氏の四兄弟変死!?邸宅跡のそごう、ヨーカードーが次々と閉店!





本日も筆者のフォロワーから興味深い書き込みが送られてきたのでここに紹介したい。

以下は、「まっすー@大仏県民さん」の投稿を参考にした。

藤原氏と対立を繰り返した長屋王の祟りが奈良県で噂されている。藤原不比等の息子である藤原四兄弟は妹で聖武天皇に嫁いだ光明子を皇后に仕立て上げるべく陰謀を巡らす。

729年、藤原四兄弟が政権を掌握するのに邪魔な長屋王を、聖武天皇を呪ったという無実の罪を着せて、屋敷を包囲し服毒自殺に追い込む。その後、藤原四兄弟は妹である光明子を皇后に立て、藤原四子政権が誕生した。




だが、天平9年(737年)、天然痘の流行により多くの人々が死去、兄弟仲の良かった藤原四兄弟も揃って天然痘で命を落としてしまった。また、長屋王を無実の罪で密告した中臣宮処 東人も斬殺されている。さらに740年には藤原広嗣の乱が勃発。「長屋王の祟り」を恐れた聖武天皇は恭仁京、難波恭、紫香楽宮と遷都を繰り返し、長屋王の怨霊から逃れようとした。

その長屋王の呪いが再び噂になったのは1989年である。

「奈良そごう」の建設に伴って行われた発掘調査で大量の木簡が出土し、建設予定地が長屋王の邸宅の跡地だということが判明した。

長屋王邸宅跡
住所@〒630-8012 奈良県奈良市二条大路南1丁目3-1
最寄駅@近鉄新大宮駅




日本史に残る大発見であるため、工事をストップして邸宅後を保存すべきと言う声が上がったが、工事は継続されて、それは施工してしまった。

そのためだろうか、奈良そごうが2000年にそごうグループの経営破たんにより閉店に追い込まれた。その後に入ったイトーヨーカドーも17年に閉鎖に追い込まれた。地元ではこの2店舗の閉店を指して「長屋王の呪い」と呼ばれている。

なお、奈良そごうの建設中に怪我や事故が頻発したという説があるが、筆者のツイッターに、まっすーさんから当時の建設現場で働いていた祖母の証言としてそういう事実はなかったと情報提供されている。

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(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像『長屋王残照記(1)あおによし (KCデラックス)