かつて女優とは雲の上の存在であった。
その代表的な女優と言えば、原節子その人であった。彼女の存在はミステリーであり、その死までも神秘的であった。
原節子が引退してから、その素顔を撮るために多くのカメラマンが張り込んだ。もし、伝説的女優のその後の姿を撮影したならば、その写真が高く売れるからだ。
あるカメラマンが撮影のチャンスを伺っていると、原節子が家の中から突然出てきて
「お昼まだでしょ。私カレーを作ったから、食べてください」
と言われた。あまりの突然の出来事で呆然となるカメラマン。
「あっ、はい」
カメラマンは言われるまま、縁側で原の手製のカレーをご馳走になり、そのまま帰るしかなかった。
無論、原節子の人柄に触れたカメラマンは、原の写真撮影はあきらめたという。
一流の女優とはこれぐらい人間ができているものだ。
すぐいち恭介