都市伝説検証「蜷川幸雄」と「富野由悠季」は兄弟!?顔だけじゃなく生き方も似ていたことが判明

5月12日、演出家の蜷川幸雄(にながわゆきお)氏が都内の病院にて、80歳で亡くなった。

演出家として、古典から現代劇まで幅広い舞台作品を多数演出。その演出力は日本を飛び出し「世界のニナガワ」と呼ばれた。
亡くなる直前まで手がけていた作品もあり、まさに生涯現役の舞台監督であった。

さて、蜷川氏については生前、こんな都市伝説が囁かれていた。

「蜷川幸雄と富野由悠季(とみのよしゆき)は同一人物である」

富野富野由悠季氏は、『機動戦士ガンダム』『伝説巨神イデオン』などを数多く生み出した日本を代表するアニメ監督である。両者とも「スキンヘッド」「メガネ」「仕事に厳しい」などの共通点があり、日本以外でも評価が高い演出家として有名という点も同じだった。

もちろん蜷川氏と富野氏は、全くの別人で同一人物ではないが、あまりに両者のキャラクター・風貌が似ているため5月12日のツイッターでは「富野監督が亡くなった」というデマまで流れた。

しかし、見た目・性格以外にも蜷川幸雄と富野由悠季には共通点は多い。

まず蜷川幸雄(1935生まれ)と富野由悠季(1941年)とも比較的裕福な家庭に生まれ、少年時代は画家を目指し挫折していた点があげられる。蜷川幸雄は高校卒業後、画家になるため東京藝術大学を受験するが失敗。俳優として演劇人生を歩んでいく。富野由悠季も絵が好きで日本大学芸術学部を受験するが、上手くならないため見切りをつけ映画学科に入学している。

また、その後の人生も非常に似ている。蜷川幸雄は俳優として活躍したが、「演技が下手」と大物女優から指摘され演出家一本にしぼっていく。富野由悠季も当初は映画監督の夢があったが、就職難のためアニメの世界に飛び込むことになる。

また、蜷川幸雄と富野由悠季ともに埼玉県にゆかりが深いことも知られている。

蜷川幸雄は「さいたまゴールド・シアター」という劇団を作り、富野由悠季は埼玉県の新座市を拠点に活動している。両者とも埼玉でよく見かけられるため混乱がよく生じたという。

考えてみれば、両者とも名前に「ゆき」が入っているというシンクロも興味深い。

両者とも面識があったかどうかはわからないが、富野由悠季は蜷川幸雄の娘の蜷川実花とイベントで共演したことはある。

富野由悠季と蜷川幸雄は、顔だけではなく生き方も似ていた?

文:空桶右太衛門

 



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