また生臭い風が吹き、木々が不気味に揺れた。聞こえてくるのは木々の葉擦れの音ばかりであった。
残された男はよほど肝の座った男だったのだろう。自分の股間をつかむ手に語りかけた。
「わしに何か用があるのか?」
すると、白い手の先にぼんやりと人の姿のようなものが現れた。若い女であった。ざんばら髪で、薄汚れた着物には、黒くなった血が付いている。
女は半眼の目で男をじっと見つめながら言った。
「お願いがございます」
「なんだ?」
「護符を剥がしてくださりませぬか」
「護符? どういうことだ?」
女はゆっくりと話しはじめた。
「私は長者の家に生まれ、何不自由なく暮らして参りましたが、ある欲の深い男に家族全員亡き者にされ、家までも取られました。あの男に復讐してやりたい一心でこの世に留まっているのです。ですが、男の住む家には護符があって入れぬのです。どうかあの護符を剥がしていただけませぬか」
男はしばらく考え答えた。
「わかった。引き受けよう」
男は女と共に、男が住む屋敷に向かった。行ってみると、確かに門前に護符が貼ってある。男は護符を引き剥がした。
女の霊は門を通ると、屋敷の中にスーッと消えていった。
次の瞬間、屋敷の中からすさまじい悲鳴が聞こえ、ドタドタと部屋の中を逃げまわっているような足音が聞こえた。しばらくすると、声も足音も聞こえなくなり、また葉擦れの音だけが聞こえてきた。
ふいに男の前に女の霊が現れると、深くお辞儀をして消えていったという。
(監修:山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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