妖怪

実話怪談「蛇ナワバリ」(後編) 

【前編より続く】

 父が進めていた他の仕事は私が引き継ぎ、弁護士の依頼、警察の家宅捜索など息苦しく、厳しい日々が続きます。

 警察の方は父が包み隠さず話している事や、他に逮捕された人たちに比べれば真面目で大人しい性格ということもあって、とても親切にしてくださいました。

 しかし、私も事情聴取される事になり、状況によっては逮捕の可能性も出てきてしまいました。

 5時間に及ぶ事情聴取を受けながら、私はなぜか鮮明にあの忌まわしい日の事を覚えていて、早く帰りたかった自分が頻繁に時計を見ていたりことなどを思い出したり、その日に使ったタクシーやファックス、個人的な買い物の領収書をなぜか保管していて、証言を拒否していたKや実行犯の行動がまるでパズルのようにピタリとはまった事もあり、「捜査に貢献した」という理由から逮捕は免れる事ができました。




 時間はかかりましたが、父が無事に保釈されました。

 しかしながら、罰金と執行猶予のついた有罪判決を受けました。F氏も同様の刑を受けたようです。

 それでも、これで父さえ大人しくしていればこの事件は終わる・・・と思われましたが、そうはいきませんでした。

 父の保釈に時間がかかった理由はいくつかあったのですが、最後の持ち主になったSが、問題の古道具がどこにあるかを正直に話さなかったために、証拠品の確保に時間がかかったり、奥さんに保釈金を持って逃げられたせいで保釈されなくなったことで、その保釈金を父に肩代わりするように脅迫じみた手紙を留置所から送ったせいで「脅迫罪」も追加になったりそうです。

 しかし、なんとか再び保釈金を都合したSは、シャバに出てからも粘着気味に父に電話をしてきました。

 父はあきれた顔をしてSからの一方的な電話を聞いてました。時折なにか反論しています。

「そもそも素直にアレを渡さなかったお前が悪いだろう。調書を見たけど、海に捨てた後に自宅で発見されたとか・・・印象悪いに決まってる」

 しかし父の顔はどんどん曇っていきます。

「とにかく、もうお互いにアレに関わるのは止めよう。それが自分のためだからな」

 父は一方的にそう言い切って、荒々しく電話を切るとすぐに私の方に向き直りました。

「Sはアレを持ってる間、蛇の夢を見たり、アレに蛇が絡みついてるのを見て怖くなって、一度は海に捨てたらしい。それなのに翌朝には家に戻っていて、テーブルの上に乗っかっていたらしいんだ。でもそんな馬鹿な事あるわけないよな!」

 吐き捨てるように言いますが、父は明らかに動揺しています。父は妙に信心深い所があったり、予知夢を見たりする人でしたが、基本的に怪談や明らかな霊現象は苦手な人でしたから余計にそう思わせるのでしょう。

「お父さんはアレ以来、蛇の夢も何も見てないでしょう?」
「オレは蛇なんか平気だからな」

 父のあまりのドヤ顔に私は少々イラっとしながらも、まだSから脅迫じみた連絡がある事を担当の刑事さんに伝えるために電話をしましたが、そこで気になる事を聞きました。

 事件に大なり小なり関わった人間の全てが、蛇の夢にうなされる・・・と留置中の雑談で話していたというのです。

「蛇の話をしなかったのは、君のお父さんだけだったよ」

 ・・・これは父も母も亡くなった後で聞いた話なのですが、父方の血筋は「蛇憑き」の家系らしいのです。それは私の祖父の代に顕著になったそうですが、それ以前からもそんな噂はあったそうです。

「蛇の中でも縄張り争いがあって、古いほうがお父さんやアンタを別の蛇に取られたくなかったんじゃない?」

 父の昔話を教えてくれた人はそう話すとあっけらかんと笑っていました。

 しばらくの間、実刑を受ける事になったKのことを罵る電話や、「この事件で受けた損害を埋めるような仕事を仲介しろ!」といった内容の電話がSからかかってきていましたが、その後Sは行方不明になり、携帯電話もつながらなくなりました。
 実刑を受けたとの噂も聞いたので、そのせいかもしれませんが、古美術の業界からはその存在を聞く事は全くなくなりました。




 そして、その年の暮れにKの息子を名乗る人から電話がありました。なんと、Kが急死したと言うのです。

「何か父から聞いてないですか? 父から預かったり、送られた物はないでしょうか?」

 息子さんは父親のKとは疎遠で、仕事もサラリーマンということもあり古美術の事はまったく分からないようでした。
 また父はKがどのくらいの実刑を受けたのかも知りませんでしたし、本当に何も渡されていなかったので、これでKとの関係は終わりをつげました。

 F氏とのお付き合いは続いていましたが、F氏はどんどん痩せていき、髪もすっかり抜け落ちていきました。

「蛇がな・・・来るんだよ」

 F氏は私が子供の頃から親しくしていた人だったので、私は気休めにお守りを渡し、お祓いを受けるように勧めました。

 その後、実行犯のHから父に連絡がありましたが、保釈後も懲りずに寺社仏閣を狙った泥棒を続けているそうです。

「うん、蛇の夢はまだ見るよ。でもやめられないんだ・・・そんな儲けられるわけじゃないけど、寺社仏閣狙いの泥棒だけはやめられないんだ。俺、そのうち刑務所で死ぬよ」

 私は言葉少なめに、父にはその電話番号を着信拒否するように懇願しました。

 父は昨年、老衰に近い年齢で亡くなりました。F氏も今年のはじめに亡くなりました。

 とうとう2人は蛇の呪いから逃げおおせる事に成功したようです。

(はなみずき頼 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©PIXABAY