妖怪や魔物・モンスターなど怪物の総称には幾つかの言葉が残されている。
俗に「妖怪」と気軽に呼んでいるが、元々は日本の民俗学における用語であり、人外の怪物を示す言葉というよりも、怪異な現象を意味していた。また明治期に成立した井上円了の妖怪学においては不思議分野の総称を指していた。現代の感覚で言うならば、「オカルト」という言葉のニュアンスに近い。今では信じられない事だが、円了の妖怪学の定義では「幽霊」も「妖怪」という言葉の一分野に分類されている。
その怪異な現象たちをキャラ化、擬人化し姿を与えていったのが水木しげるであった。本来キャラクターでなかったものを、キャラクターにしていく作業は水木しげるが漫画家であったゆえに可能であった作業である。様々なパンを擬人化したのが「アンパンマン」であり、おでんの具を擬人化したのが「おでんくん」であったように、水木しげるは黙々と怪異現象の擬人化を進め、独自の世界観を構築した。ゆえに本来民俗学が使っていた「妖怪」という言葉と、現代人の我々が使っている現代用語の「妖怪」はニュアンスが異なっている。これは水木しげるの偉業である。
水木しげるの業績はそればかりではない。水木しげるは、民俗学用語の「妖怪」をキャラ化し、自分の作品内で善玉妖怪に仕立てあげるのと同時に、江戸の出版文化に見られた、ぬらりひょんや傘化け、ももんじいなど「化け物」たちを、現代語の「妖怪」に意訳し、再生に成功した。
他にも異形のモノたちを示す総称には「モンスター」「クリーチャー」「化け物」「お化け」などがあるが、「モンスター」は欧米文化における異形の存在をさし、「クリーチャー」は、映画やドラマに出てくる「創作の怪物」か「未確認生物」と翻訳されることが多い。また「化け物」という言葉は意味の範囲が広くなる。変わった人間や畏怖する実在の存在を含む事もある。最後の「お化け」は、異形のモノを現す日本の幼児語であり、現代では分離されている「妖怪」や「幽霊」を総括した呼称になっている。
この異形のモノを示す総称の幼児語だが、実は地域性がある。まずは主に西日本に分布する〈ガやコ〉を含んだ用語群がある。ガオー、ガガマ,ガゴジ,ガッツァン、ガガモ,ガンゴー,ガモ、ゴンゴチ、ゴンゴン、ガンゴーなどが挙げられる。また東日本を中心に分布するのが〈モー、モウ〉を含んだ用語群である。モッコ,アンモ,モモッコ、モモコ、アモー,モーモー,モモンガーなどがある。
これらの言葉がどこから生まれたのか決定的な証拠はない。だが幾つか推論は出されている。まずは「噛もう」「がおーっ」という口を開けて幼児を驚かすアクションや発音から生まれたという説がある。確かに幼児にお化け話を聞かせるとき、このようなアクションや言葉で威嚇した記憶は誰にでもあるだろう、
また、奈良「元興寺(がんごうじ・がごうじ)」に出現した「がごぜ」という古い鬼の伝承から生まれたという推理もなされている。
更に、蒙古襲来のダメージは日本に深刻なダメージを与えており、その恐怖心から異形のモノたちの総称は、「モ・ウ・コ」という発音から生み出されたという仮説もある。
この「モウコ」という発音に起因する幼児語は、主に東日本に多いことから「蒙古来襲の損害を東日本は受けてないではないか」と異議を唱える者もいるが、蒙古襲来は西日本だけの恐怖ではなく、日本中から集められた武士たち全員が共有した”怖さ”であった。ならば、東日本に帰国した武士たちが妻や子供に「モウコ」の恐怖を語り継いだ可能性はありうるし、リアルな損害があった西日本では逆に口を閉ざしてしまったのかもしれない。
異形のモノの総称は、今後も歴史的影響や天才的な偉人によって変化していくのであろう。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)