職人の藤田さん(仮名)は無類の怪談好きである。
今では皆に慕われる気のやさしい藤田さんであるが、若い頃は周囲にいた友人の影響からグレて、悪の道に足を踏み入れたことで刑務所にお世話になった時期もあったと聞いている。
その時同じ刑務所の仲間から聞いたという奇妙な話をしてくれた。
その仲間という、龍一(仮名)は無賃飲食、無賃乗車などなんでもタダで逃げ回るのを得意としていたちんけな犯罪者であったそうだ。
ある日の事、自宅アパートまでタクシーにタダ乗りして帰るという、いつもの手を使おうとしていた。自宅近くの墓地で乗り逃げするのである。
最近では頻繁にやりすぎて、タクシー運転手の仲間内ではちょっとした幽霊騒ぎになりつつあるようだが、ますますもってこれ幸いである。
タクシー代を自宅までとりに行くフリをして墓場の中に入っていき、闇に隠れる。あまりに戻ってくるのが遅いので、堪りかねた運転手がお客を探しに墓場に入って来る。すると、そこには龍一が車内で自己紹介していた『名前』が刻まれている墓石に行きつくのである。当然、運転手は肝を冷やして一目散に逃げ帰る、という一通り手口であった。
その夜もいつも通りカモのタクシーを見つけ、龍一は墓地まで誘導しようとした。しかしこの運転手には話が通じないようだ。何を言っても返事をしない。それどころかどんどん山奥に入っていくのだ。
ここは一体どこだ。
「おいどこに行くんだ。降ろせよ。早く降ろせ」
騒ぐ龍一を無視し、タクシーは山中の奥を走りまわる。そして、遂には崖からタクシーごと勢いよく飛びおりたのである。
龍一はそのまま気を失ったという。そして翌朝、山の中で倒れていた龍一を介抱した地元の老人から奇妙な話を聞いた。
「かつてあるタクシードライバーが居眠り運転で崖から転落死してからというもの、よく人をまどわす幽霊タクシーが出るんだよ」
(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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