イタリア・ナポリには世界最高のキリスト像と呼ばれる、素晴らしい彫刻が存在している。
その名も「ヴェールに包まれたキリスト像」。ジュゼッペ・サンマルティーノにより1753年に大理石の彫刻で、サンセヴェーロ聖堂に存在している。
眠るように目を閉じるキリストの全身を、薄いベールが覆っているというもので、その造形の巧みさは群を抜いており現在でもどのような制作過程で作製されたのか解っていないという。
この彫刻を作らせたのは第7代サンセヴェーロ公爵ライモンド・ディ・サングロ。彼は軍人でありながら錬金術や化学に精通した人物であり、このキリスト像が世に出た時は「ライモンド公爵が錬金術の魔法で布を大理石に変えたのではないか」と人々が噂した程であった。
ライモンド公爵は自身が化学や錬金術に精通していたためか、寛大な人物であったが芸術作品の描写や完成度に対するこだわりは相当なものがあったという。そのため彼が芸術家に指示し、作製した作品はいずれも単なる彫刻作品の域を超えた完成度と精緻な描写力を誇っている。
同じ聖堂にあるアントニオ・コッラディーニ作の「謙遜」とフランチェスコ・クェイローロ作の「妄想からの解放」も同様の作品だ。「謙遜」は若く美しい女性の全身を透けるヴェールが覆っており、「妄想からの解放」は細かな目まで解るほど細密に彫刻された網が男性を覆うものとなっている。
こちらの二点は、「謙遜」がライモンド公爵の母へ、「妄想からの解放」は彼の父へ捧げられた作品とされている。彼の母親は、出産後1年で亡くなってしまい、彼の父は悲嘆に暮れて隠居生活になってしまったという。成長した彼が、顔も知らない母や絶望に沈んでいた父へ向けて作らせたこれらの作品には、深い感謝と愛情が込められているように思われる。
さて、ライモンド公爵は多色刷り印刷機やレインコートなど、様々な発明や実験を行っていたという。しかし、死の直前に自分の研究結果や発明品を処分してしまったため、彼の実績の詳細は知ることができない状態となっている。
だが、この聖堂には美しい彫刻の他にも、ライモンド公爵に関係する非常におぞましく、しかし精緻な作品が共に展示されている。こちらの作品については、また別の機会に報告したい。
(加藤文規 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)