「人形の髪が伸びる」という、ホラーの定番になった話の元になった「お菊人形」。
亡くなった菊子という少女の霊が人形に憑いており、髪が伸びるようになった…という事で有名なものだが、実は昔は「お清人形」と呼ばれていたなど、現在知られている定説とはかなり違う背景があることをアトラスで紹介した。
筆者自身も、数年前に北海道空知郡栗沢町の萬念寺を訪問したことがあり、お菊人形の取材を試みたことがある。現在の住職の奥様に対応して頂いたのだが、髪の毛が伸びる仕組みに関してはお寺も「よくわからない」と言われた。
一般的に、人毛が使用された人形は髪の毛が伸びることがあると言われており、死者の爪や髪は、死後も伸びるという。また、あすかあきお氏によると、人形の接着剤に使用された「ニカワ」が髪の毛の養分となり伸ばした可能性があるらしい。
他にも、と学会の会長を務める山本弘氏の仮説によると、髪を二つ折りにして人形の頭部に植毛したため、髪の毛が片方に引っぱられると、伸びたように見えるだけだともいう。筆者が地元の有志から聞いた話によると、養毛剤をつけてお菊人形の髪の毛をとかしていた時期があり、そのため伸びたという話もあるようだ。
また、現場に行ってわかったことも幾つかある。まず、周辺にはまったくと言っていいほど観光地がなく、お菊人形を見に来る人が唯一の観光客であるという事実と、地元の観光看板にお菊人形が描かれている点である。つまり、地域経済にとって、お菊人形はなくてはならないという構図が出来あがっているのだ。
さらに、お寺の方から聞いたのだが、お菊人形はお腹を押すと泣くという構造になっており、明らかに昭和の技術を持った”近年作られた人形”だということもわかった。一番印象的だったのはこの人形を納めた鈴木家の行方である。
「鈴木家のご子孫は、今もいらっしゃるのですか」という筆者の質問に、「いますし、時々お寺にも来られますが、そっとしておいて欲しいとのことで連絡先は教えることが出来ません」と、お寺が回答した点である。
この鈴木家の事情が怪談内容の変化に繋がったのではないだろうか。つまり、1962年に発売された『週刊女性自身』(8月6日号)に掲載された鈴木助七の体験談が本来の不思議体験ではあったが、あまりにも反響が大きく鈴木家のプライバシーを護るために、設定を大幅に変えたのではないだろうか。故に1968年発売の『ヤングレディ』(7月15日号)の記事に書くときに、時代を昭和から大正に変更、助七を永吉、清子を菊子と登場人物の名前の変更を行ったのではないかと筆者は推測している。
苦肉の策の嘘が、いつしか本当の怪奇伝説になるのかもしれない。
(監修:山口敏太郎)