大きな災害や事故は、予め小説などにおいて、不気味な予兆として警告されることが多い。つまり、歴史上何度も、小説が未来を予言しているのだ。有名な例では、「タイタン号」と「タイタニック号」のシンクロがあげられる。海洋冒険作家・モーガン・ロバートソンの中編小説『フューティリティ』がそれだ。この小説が、後に起こる「タイタニック号の沈没」を予言していたという事実がある。どう考えても、このシンクロニシティは、単なる偶然とはいえないぐらい一致している。
その内容を検討してみよう。例えば、タイタン号は「不沈船」と呼ばれた豪華客船で、4月に出航しイギリスとニューヨーク間を航海中に、右舷が氷山に衝突してしまい、太平洋上で沈没する。そして、救命ボートの不足により、多くの人命が失われるという内容であった。驚くべきことに、この小説中に描かれた設定は、現実に起こったタイタニック号沈没事件の内容とまったく同じなのだ。
このような不思議な事例は他にもある。例えば、許せない犯罪として記憶に新しい松本サリン事件にも偶然の一致というべき、奇妙な予兆があった。1994年7月に松本市の某地域で、住民たちが不調を訴える原因不明の怪事件が起きた。俗にいう“松本サリン事件”である。この事件は7人の死者と、213人の重軽傷者を出しており、社会的に大きな波紋を呼んだ。結局、薬品を持っていたという単純な理由だけで、関係の無い無実の会社員が容疑者として逮捕されるなど、警察の捜査方法、マスコミの報道姿勢が問題視された。実は、このテロ事件を予言するような小説が、事件発生の3ケ月前に発売されていたのだ。
小説のタイトルは「みどりの刺青」というもので、著者はジョン・アボットという作家である。米国では92年に発売されたのだが、日本では松本サリン事件の3ケ月前に翻訳発売されている。この内容はテロリストがサリンを使って、まったく痕跡も残さずブッシュ大統領を暗殺するという過激なものであり、サリンの制作工程も描写されていた。(勿論、テロリストが現実に使用できないように、一部、故意に違う手順で書かれていたが)当初、この作者も容疑者として疑われたが、まったく偶然であることが判明した。著者のイマジネーションは未来の出来事を幻視していたのであろうか。
因みに、オウム真理教事件では、数学の暗記方法と事件の一致が指摘されていた。5の平方根(ルート5)は、2.2360679で、一般的に「富士山麓、オーム鳴く」とゴロ合わせされるが、これが富士近くの上九一色村に巣くったオウム真理教と一致すると騒がれた。もっとも、この事件で泣かされたのは、犠牲者であって、オウム自身ではないのが皮肉な結果ではある。また、オウム真理教と数字の5には不気味なシンクロがある。事件当時、教団には最高位の正大師が5名いた点である。ルート5とは、間違えた平方根の計算を実行してしまった。幹部5名を意味していたのであろうか。
この他にも、記憶に新しい2001年の911テロの惨劇を予言した小説もある。米国の人気作家トム・クランシーによる小説で「合衆国崩壊」(新潮文庫、全四巻)というものである。この物語の冒頭に今回のテロに酷似したシーンが描写されている。『米国の中枢である国会議事堂に,日航ジャンボ機がカミカゼアタック(体当たり攻撃)を慣行、完全に破壊され,炎上する』というのが問題のシーンである。この小説がテロリストたちに、攻撃方法のヒントを与えたのか、それとも単なる偶然なのかはわからないが、説明が不可能な不思議な一致があるのはいうまでもない。
また、『ホームバディ/カブール』という芝居は、脚本家のトニー・クシュナーが書いたものだが、この芝居の舞台になっているのはなんとアフガニスタンである。しかも、タリバンの圧政を描いており、ビン・ラディンの名前さえ出てくるのだ。更に劇中には、テロを予言するような台詞もあるのだが、完成したのは2000年である。これまた、皮肉なことに芝居が上演されたのは、テロの直後からであり、あまりにも一致する内容にニューヨーク市民は愕然とした。
これらの予兆というべき出来事は、必ず事件の直後から人々にウワサされ、その恐怖度を増していく。小説というイマジネーションを働かす創作行為は、時として予知というパンドラの箱にアクセスしてしまうのであろうか。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
画像は©PIXABAY