空からやってくる人型の生物と言うとやはり「宇宙人」である。
この「宇宙人」という感覚は、天文観測が発達した20世紀に生まれたものではないかという先入観があるがあるが、これは大きな間違いである。実は古い時代からあり、世界各地の神話に地球以外の知的生命体が登場している。
創作物にも早くから採用されており、2世紀の風刺作家ルキアノスの『本当の話』という作品には、月の世界まで吹き飛ばされる場面が描写されている。勿論、我が国の古典SF小説ともいえる「竹取物語」には、主人公のかぐや姫が月の世界の住人として描かれておおり、かぐや姫を 迎えに来た月の連中はまるでUFOのように光り輝く存在として描写され、護衛の地球人がまったく動けなくなったと、近代のUFO遭遇談そのままの記述も確認できる。
このような経過から考えるに、我々人類は常に宙(そら)からやってくる人型・宇宙人という存在を意識してきたといえよう。
この宇宙人に関する疑問だが、マニアではなくごく一般の人々が思い浮かぶ疑問に次にようなものがある。
「何故、宇宙人は人類と同じような人型なのか」
これは如何にも宇宙人問題の本質をついているかのように見えるが、物凄く幼稚な質問である。どの惑星においても、原始的な生物が生まれ、様々な生物に進化し、最終的に知的生命体にたどり着くと、必ず人類のような姿になるのではないかという考え方が生物学にはある。ひとつの頭部、二つの目玉、口がひとつ。耳が二つ、胴体がひとつで、手足がそれぞれ二本、結局どんな進化経路を辿っても、生物としての進化は機能性のみが優先されるため、もっとも効率のよい今の人類のような形になってしまうというわけだ。
また、宙(そら)からやってきたからと言って、「宇宙人」=「異星人」とは限らない。そもそも、遠い彼方からやってくる高度な文明を持った連中である。彼らのテクノロジーは時間も空間も容易に飛び越えることであろう。だとしたら、その「宇宙人」は我々と同じ時間軸にいると誰が保証できようか。遠い未来の文明や遠い過去の先史文明からやってきた可能性だってある。だとしたら「未来人」とも言えるし、「過去人」とも言える。
いやもっと可能性を考慮していくと、未来では宇宙中に地球人の子孫が移住しているとしたら、そのやってきるいる「宇宙人」は「未来人」でもあり、「地球人の子孫」でもあるのだ。また、昨今流行の超ひも理論による泡のように広がっている無数の宇宙や多次元構造の他次元からの来訪者だとすると「外宇宙人」だったり、「異次元人」であったりもする。もはや、単に「宇宙人」「宇宙人」と馬鹿のひとつ覚えではなんの説得力もない。あらゆる可能性を考え、先入観を排除して、宙(そら)から客人を迎える時代がやってきたのだ。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)