これは30年以上前に、筆者が聞き取りした都市伝説である。
都内の某私大に通うFくんは、僻地探検を趣味としていた。俗に言う廃墟という場所である。彼は人々が立ち去った廃村ひなびたムードを好み、その風情を愛していた。廃虚に行っては、写真を撮ってきたり、スケッチをしてくるのが大好きだったのだ。ひょっとすると、自分の心の原風景を探していたのかもしれない。
「人々が生きた痕跡って、味わいがあるじゃないですか」
彼は、はにかみながらそう答えた。こうして、Fくんは、そんな寂れた風景を求め、あちこちを旅していた。ある時 Fくんは仲間数名と富士の樹海の探検を思い立った。思い立つと我慢できないのが彼の性分である。
「一度、あの魔所と呼ばれる場所に行ってみたいね」
興奮気味にしゃべるFくん。親友で旅行仲間であったSくんは止めた。彼は樹海の近在の出身で、その恐怖を知っていたのだ。
「やばくねえか、あそこは」
しかし、こんなことでやめるFくんではない。
「でもさ、人間の終焉の地としては最高だよ」
結局、樹海探検は決まってしまい、Sくんもなし崩しに同行することになった。Fくんは、万一遭難してもいいように、かなり重装備で樹海探検にでかけた。
兎に角、コンパスなど役に立たない場所である上、複雑な地形である。用心に越した事はない。そして、探検が開始された。
「おい、随分と妙な地形だな」
「確かに、歩くだけでも疲れる」
地元出身の友人Sくんの力を借りながら、樹海のあちこちを探検した。樹海を覆う地表には、奇妙な岩や足をとられる粘土が広がり、歩行を苦しめ続けた。
だが、とうとう疲労困憊となってしまった。
「ああ、もう限界だ、少し休みにしないか」
さしものFくんも弱音が出てしまった。
「まったくだ。俺も腹が減ってたまらない、飢餓状態だね」
Sくんも待ちかねたという表情で同意する。二人は笑顔で弁当を取り出した。自然の中で食べる弁当ほどうまいものはない。これも、廃墟や僻地体験の醍醐味なのだ。
「この瞬間がたまらねえな」
Fくんは大きく深呼吸すると、弁当を食べ始めた。
「よし、食うか」
食事をしながら、Fくんは気になるものを見つけた。あれは、なんだ。木々の合間に干柿のようなものが揺れている。しわしわに乾燥した丸い物体が風にそよいでいるのだ。こんなところに柿の実か、でも季節違いだ。
Fくんは、目を凝らしその物体を見つめた。
「やっぱ、干柿だよな」
干し柿が、風になびいてゆらゆら揺れている。ああ、そうか。去年の取り残しがそのまま干し柿となったのだな。
「へえ、こんな事もあるんだ」
Fくんは、その干し柿に駆け寄った。なかなかいい色に出来上がっている。Fくんは、その柿を手にとってみた。手にねちゃっと、液体のようなものが付着した。
「うわっ、まだ水分が残っている」
Fくんは、その液体をズボンで拭いた。同時に、すえた匂いが鼻腔を刺激する。また、柿の大きさも異常である。こぶしよりも大きい干柿なのだ。
「これって、干し柿? 」
よくみると枝になっているのではなく、ワイヤーにぶらさがっているようだ。
「ワイヤーに垂れ下がる柿とは変だな、ん? 」
Fくんは、その柿を観察した。白濁した目、開いた口には妙に白い歯が並んでいる。
「これって、人間の首」
Fくんは思わず、干柿に見えたモノを揚げ捨てた。目の前では、小さな干し首が、ゆらゆらと規則正しく揺れている。どうやら、ワイヤーで首をつった人間の首から下が、腐って落下したものだ。
残った首は、乾燥し干柿のようになっていたのだ。あの日以来、Fくんは干し柿を食べることが出来ない。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)