【実話怪談】鏡の中のあいつ

道子がA社に入社したのは叔父の紹介であった。

この不況時に一部上場のA社に入社できるとは道子は自分がなんて幸運なのだろうと感じていた。早速新入社員の教育訓練も始まり、道子は次第に同期入社の人間とも仲良くなっていった。

ただひとつだけ不満があるのは、教育訓練期間中に宿泊するこの薄汚ない施設だけである。「やだ、まるで病院みたい。愛想もなにもないわ」そのまるでは的中していた。




この施設は会社が倒産した病院から買い取って改築したものであった。無機質な部屋にパイプのベッド、そして大きな鏡がひとつ。一応1人部屋ではあるが淋しい事この上なく、若い女性に不評なのは明らかであった。

そしてある夜、遂に恐怖の体験をしたという。道子達の隣の部屋の鏡に男の後ろ姿が写ったというのだ。

「ばかな、カマトトぶって」道子は内心そう思った。どうせカワイ娘ぶって社内の男連中の気を引く魂胆に違いない。油断ならない子ね。道子は泣きじゃくる隣室の同僚を冷ややかに見ていた。

次の夜、道子はなかなか眠れなかった。何度も寝返りをうってしまう。そして壁ぎわに寝返りをうつ度にあの鏡が目に入るのだ。早く寝ないと明日の講習でみんなにおいていかれてしまう。そんなあせりは道子はますます不眠へと誘った。その瞬間道子は我が目を疑った。男がいるのだ。鏡の中に後姿の男がいるのだ。

道子は見てしまったのである。鏡の中のあいつを。恐怖に身体がひきつり、目を鏡から離す事ができない。道子は声にならない嗚咽をあげた。そしてその鏡の中の男は後向きの顔をゆっくりとこちらに向けてきた。見てはならない。きっと恐ろしいことがある。しかし、道子はそう思ったが視線がはずせない。




そして、遂にその男と自分と正面で向き合ったのだ。

なんと、男の腹は切りさかれていた。子供のころ、小学校の保健室にあった人体解剖の模型のように、肺から腸までがむき出しになっていたのだ。ぴくぴくと動く内臓。カエルの解剖のように露出した男の内臓。道子は気が遠くなっていった。すると男はにやりと笑うと消えていった。

翌朝、道子はこの事を誰にも言わなかった。むしろこの事件を心の支えにしたのだ。確かに男は手術で死んでいった無念の霊かもしれない。道子は男のメッセージを自分なりにこのように理解したという。

これからの社会人生活「腹を割って正直に生きていきなさい」と。

(ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

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