日本プロ野球の代名詞として、今なお世代を超えてファンから愛されるミスター・長嶋茂雄。そんなミスターが、あわや誘拐されていたかもしれない事件があると言ったら、あなたは信じるだろうか? そして驚くだろうか!?
話は今から43年前の長嶋が現役だった1973年9月26日の夜まで遡る。この年は読売ジャイアンツの不滅のV9のうちの最後の9連覇目に当たる年であった。しかし、このシーズンは9連覇の中でもっとも苦戦を強いられたシーズンであり、ペナントレースの終盤に近付いていたこの時期も阪神タイガースが首位に立ち、巨人は追う立場となっていた。
そして、この日に後楽園球場で開催された中日ドラゴンズとの試合にも敗戦し、長嶋もノーヒットに終わってしまう。
試合後、田園調布の自宅に帰るために、長嶋は足早に球場の駐車場から愛車を運転して家路まで急いでいたが、そんな長嶋の車を追跡する1台の車があった。車内には5人組の若い男達が乗っていた。彼らは世にも大胆な計画を思い浮かべていたのである。
それは自宅に到着する寸前の長嶋の愛車に自分達の車をぶつけて、長嶋が車から降りてきたところを刃物で脅して、ロープで縛って、そして自分達の車内へ監禁、誘拐して身代金を奪うという恐るべき計画であった。もちろんプロ野球一の高給取りで、田園調布の超高級住宅に住んでいる長嶋の財産も目当てであったが、彼らの動機は、それ以上に、世間の誰もが知る有名人である長嶋を誘拐して、世の中をアッと言わせてやろうという目的であった。
もしも、この計画が成功していたら昭和史に残る伝説の大事件として語り継がれていたであろう。ところが、結果的に彼らの計画は失敗に終わってしまう。それは何故か?
長嶋はいつも、田園調布へ向かう中原街道という幹線道路を真っ直ぐ走って自宅へ帰っており、それは犯人グループも何度もリサーチして掴んでいたはずなのだが、何故かこの日だけに限って、長嶋は途中で中原街道から外れた裏道へ入り込んでしまい、犯人グループは長嶋の車を見失ってしまったのである。
この日の犯行は失敗に終わったが、彼らはまた後日に改めて長嶋を再び襲撃、誘拐を実行する予定でいたのだが、2度目のミスター誘拐計画が実行されることは無かったのである。
グループのメンバーの一人が怖じ気付いたのか、それとも良心の呵責に苦しんだのか、警察に自首。かくしてグループのメンバーは逮捕され、この大胆な計画が明らかになったのである。これが幻の長嶋茂雄誘拐事件の全容である。
この事件がきっかけとなって、現在はプロスポーツの試合会場では、選手の関係者の専用駐車場には、一般人から追跡されないように、厳重な警備をされるようになったと言われる。
なお、何故この日、長嶋はいつもの経路から外れて裏道へ入っていったのか?まさかミスターは野生の勘で、犯行グループに自身の車が追跡されていることに気付いたのか?!
・・・実は、全く気付いていなかったらしい。では何故?と思うが、深い理由は無く、ミスター特有の気まぐれさだったとか・・・。
一説によると、この晩は中原街道で工事が行われていて、渋滞を避けるために裏道に入ったという現実的な説もあるが、ここはやはりミスターの野生の勘が、この日だけは裏道に入らないと、自身に危険が及ぶと無意識のうちに察知して、とっさに危機を回避したという可能性を筆者は支持したい。
※敬称略、年号は西暦で統一
アキバ系の野球オタク・伊藤博樹(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)