山崎一夫は、現在整体師・鍼灸師、かつてはプロレスラーとして活躍していた人物。
新日本プロレスでデビューし、のちに移籍したUWFインターナショナル(Uインター)の主要メンバーの一人として活躍し、再び新日に戻ってからはG1クライマックス準優勝、IWGPタッグ王座などの栄冠に輝いた。初代タイガーマスクの佐山聡の付き人を務めたことがある。
切れ味鋭い打撃やサブミッション、スープレックスを得意とし、先のG1クライマックス(1998)では歴代のチャンピオンを次々に打倒するほどの強さをファンに知らしめた。
ファンだけでなくレスラーからの信頼も厚く、橋本真也からセコンドについて欲しいと依頼されたこともあり、前田日明も「UWFができたのは山崎一夫がいたから」とその功績をたたえている。
山崎の真面目さと人の良さを特に強く物語るエピソードがある。
Uインターは、新日と袂を分かって誕生した団体だ。この経緯もあり、高田延彦をエースに据えて活動していたUインターと新日は、Uインターが挑発をする形で互いに舌戦を繰り広げていた。当時、現場監督であった長州力は特にUインターを嫌っていたことで知られる。
ある時の新日vsUインターでの中傷合戦、長州が「Uインターの奴らはクズだ。許さねえ。死んだら墓にクソかけてやるからな!」と激怒。
しかし、この発言に続けて、「ただし山崎だけは別だ。あいつはいいやつだから」と山崎だけを唯一の例外としていた。
通常、激怒という我を忘れていてもおかしくはない人間からも気を遣われる、これだけでも山崎がどれほどに信頼されていたかがわかるだろう。
その後、山崎はUインターを離脱することになるが、ここで声掛けをしたのが新日であった。
これには、Uインターのナンバー2というポジションにいた彼を引き抜くことで、Uインターの屋台骨を崩すチャンスだったという思惑も当然あっただろうが、何より長州力が山崎を好意的に評価していたというところが大きかっただろう。
なお、この山崎の引き抜きによって両者の緊張関係は頂点に達し、1995年に団体抗戦が行なわれることとなった。のちにモノマネのフレーズとしても使用されるようになった伝説の長州力のセリフ「キレてないですよ」は、この抗戦で誕生した。
【参考記事・文献】
・https://purores.site/archives/5499
・https://www.excite.co.jp/news/article/E1455609461881/
・https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11209210026
・https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1031954415
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【文 黒蠍けいすけ】
画像『やまちゃんがいっちゃった』





