織田無道は、かつて臨済宗の僧侶そしてタレントとして活動していた人物。
「僧としての戒律はすべて破った」と公言するなど、型破りな僧であったと同時に、プライベートでも破天荒な振る舞いがしばしば注目された人物でもある。
90年代のオカルトブームにおいては、「霊能者」として主にバラエティ番組に多く出演。週に10本のテレビ番組に出演していたと言われるほどに引っ張りだこであったようで、そこでも振り込まれた高額のギャラを一晩で飲みに使うという僧侶らしからぬ豪遊ぶりだったと言われている。
カーマニアとしても知られ、ランボルギーニ・カウンタック・ウォルター・ウルフという高級車を愛車にしていたが、これはカナダの石油王であるウォルター・ウルフが通常のカウンタックを改造して製作したものであり、世界に3台しかないという超級のレアモノだそうだ。
彼がテレビに出るようになったきっかけは、かつて名物リポーターとして人気を博していた宮尾すすむが出ていた番組に出演したことであるという。
古刹・圓光寺の住職に就任して間もない30代半ばのある時、墓じまいの話題で織田は番組に出演。その時、宮尾から「悪い霊がきたらどうすればいいのか」と聞かれた際、「気合で追い払う」と答えたという。
これは、織田自身の宗派にお祓いがないという意味での回答であるが、これが陰陽師を彷彿とさせるパフォーマンスにつながり、真言を唱えて九字の印を結ぶ姿が視聴者に受けたことで、「除霊師」という形でテレビに呼ばれるようになっていったのだそうだ。
また、のちに水晶玉を使用するようになったのも、織田の霊視の話が「銀座のジプシー」のようだという宮尾のコメントがきっかけになったとのこと。
この当時、銀座のジプシーというアラブ風の覆面をして水晶玉で占いをする女性が知られており、織田も自身の寺に水晶玉があったことを思い出し、それを撮影したところ多数の霊が写り込んでいたために除霊、それがテレビカメラの前で行なわれたことでさらにオファーが殺到することになったという。
因みに、彼の言説にはいくつかの真偽不明な情報がある。
一つは、ハリウッド映画に影響を及ぼしたというものだ。これは1990年に公開された『ゴースト ニューヨークの幻』にて、女霊媒師役として出演したウーピー・ゴールドバーグの役名が「オダ・メイ・ブラウン」であるのだが、これは織田無道に由来しているという。
当人によれば、80年代後半に「ゴースト」のプロデューサーと幽霊や霊能者について話したことがあり、のちに脚本家が敬意を払って「オダ」という役名を作ったという。確かに、役柄や名前からすれば事実のようでもあるが、あくまでこれは彼の自称であって真偽のほどは定かではない。
そしてもう一つは、多くの人がご存じであろう「織田信長の子孫」というものだ。
彼の自称として多くの人々の印象に強く残っていること自体は間違いないが、実際に信長の子孫であるかどうかについてはまた別の話となるだろう。
近年では、元フィギュアスケート選手の織田信成にも同様の宣伝がされていたが、正確には彼の父親が自称し始めたことがきっかけとなっている。
そもそも、信長の子孫が明確に辿れるのは明治維新後に「織田信真」(のぶざね)が写真技師として写真館を開いていたという時点までであり、その後の子孫の記録は空白となっているという。
そのため、現状ではいかなる人物であろうと信長の子孫であると100%証明することはできないようである。それはもちろん、織田無道にも言えることだ。
【参考記事・文献】
・https://newsmatomedia.com/oda-mudo
・https://entertainment-topics.jp/147519
・https://dot.asahi.com/articles/-/80166?page=1
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