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「白土三平」の過酷で非情な忍者漫画を生み出したルーツは彼の父親だった

白土三平(しらとさんぺい)は、『忍者武芸帳 影丸伝』『サスケ』『カムイ伝』など、忍者を題材にした劇画作品で人気を博した漫画家。

彼の手掛ける漫画は、あらゆる意味で革新的であったと言われている。それまでは荒唐無稽な術が展開される描写が当たり前でもあった忍者漫画とは一線を画し、(再現性の可能・不可能という問題を除けば)きわめて合理的な解説を添えていた。斬り合いの際に、刀さばきをスローモーションで解説するといった場面もあったという。

また、非情な忍者の生き様や、重厚なリアリティ、階級社会の描写といった徹底したシリアス性、またはヒロインであろうとあっさり死んでしまうといった理不尽さなど、受け手の気を滅入らせるいわば鬱展開ぶりで溢れている。

忍者同士の戦闘の中で、手足や首が斬られ飛ぶといった描写も多く、一時は白土と言えば「残酷描写」の代名詞のように呼ばれたこともあったという。

一方では、それが新しさとして人気を博したことは確かである。『忍者武芸帳』に至ってはまさに空前絶後とも呼べるヒットとなり、貸本漫画で人気を獲得して以降、当時としては異例とも呼べる全17巻という途方もない大長編連載となった。

白土の漫画がもたらした影響の一つに、当時社会的地位が低かった漫画というものが、大人も読むに足るものとして盛んに宣伝され、学生やいわゆる知識人から注目を集めるようになっていった。

これは、白土の作品に含まれる階級闘争などのテーマが当時の風潮とマッチしたという側面も大きかったと考えられ、学生たちの中には「忍者武芸帳」をバイブルのように扱う者も多かったという。

このことから、白土の作品は当時「唯物史観漫画」などと形容されるようになった。

この名称は、大人も呼んでおかしくない漫画ということをアピールするために、当時の流行思想でコーティングしたものであると言えるだろうが、現に白土がこうしたテーマを作品に落とし込んだのには、ある人物の影響があったことはまず間違いないだろう。それは、他ならぬ彼の父親・岡本唐貴(おかもととうき)だ。

岡本は、戦前から画家として活動していたと同時に、プロレタリア文学の旗手としても知られる小説家。小林多喜二の同志でもあった。常に警察からマークされており、幾度もの逮捕や拷問を経験、各地を転々としていたという。

いわゆる底辺社会を転々とする中で、白土自身幼いながらも徐々に被差別の人々などと多く知り合うようになり、そこにリアルな社会の姿が強く刻まれるようになっていった可能性は高い。

過酷な社会と対峙しながらその猛威に翻弄されつつも、食うために生き抜いていくといった彼の作品の描写は、幼い頃に脳裏へ焼き付いた父の投影によるものだったのかもしれない。

【参考記事・文献】
https://edist.ne.jp/dust/manga21_shirato/
https://www.tfm.co.jp/yes/story/58313
https://dic.nicovideo.jp/a/%E7%99%BD%E5%9C%9F%E4%B8%89%E5%B9%B3
https://www.j-cast.com/2021/10/27423401.html?p=all

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【文 ZENMAI】

画像『白土三平自選短編集 忍者マンガの世界

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