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「小林幸子」伝説  舞台衣装に起きた大トラブルや死亡説の謎

小林幸子は、日本の女性演歌歌手、または女優やタレントとして活躍する人物。1963年に10歳という若さでデビューをしたことから美空ひばりに次ぐ天才として話題となり、また90年代からはアニメ作品での主題歌などにも多く起用され、現在ではサブカルチャーとの結びつきの強い活動が展開されている。

彼女を象徴するものといえば、NHK紅白歌合戦において恒例であった舞台衣装だ。「衣装という名の舞台装置」とまで言われるその豪華さは、毎回億単位の金額が投じられると同時に、使用した衣装は保存されるために維持にも相当の費用がかかっているという。この煌びやかな舞台衣装は、旧知の仲である美川憲一との豪華衣装対決が目玉の一つともなり、さらにその様から小林をして「ラスボス」の異名でも呼ばれるほどの迫力を有していた。

だが、この大掛かりな衣装については、生放送という環境のせいもあってかトラブルもたびたびあったという。小林本人曰く、「リハでうまく行かないときは本番は完璧、リハで完璧な時は本番で何か起こる」というジンクスすらあったという。

コンピュータトラブルにより電飾の3分の2が点灯しなかったというものから、幅13メートル、高さ7.5メートルの巨大なウイングが二つ開く予定であったにもかかわらず本番では片側だけ開かなかったというものもあるという。このウイングについても、リハでは問題なく成功していたそうだ。

彼女によれば、その際は自分でも気がづいていることが多く、それでも歌唱に集中しようとしても裏の怒号が聞こえてくるのだという。老若さまざまなスタッフがおり、装置の挙動が失敗してしまった際には、60歳を超えるようなスタッフすらうずくまって泣いていたという。たった3分ほどのステージに、スタッフがどれほどに尽力を注ぎ懸命になっているかが窺い知れる事情だ。

戦友とも言える美川憲一とは、そうした対決の様相もあってか不仲説が囁かれていた。美川によれば、そうした評価があったために意図的に遭わないようにしていた、二人で談笑していても記者が近づくと離れるようにしていたほどであったという。現在では、そうした確執は当人たちの演出であることが公言されている。

因みに、小林幸子と検索をすると「死去」「死因」といったワードがサジェストに表示されることがある。現在、本人は存命であるにも関わらず、なぜこのようなことが起こっているのかについては、いくつかの要因が重なっていると思われる。

テレビへの露出が減っているという有名人の死亡説にはよくありがちな事情もあるだろうが、ほかにも著名人の追悼コメントに多く登場しているということもこの説を形成したのではないかと考えらえる。さらに、彼女の場合はその名前が強く関連してしまっている可能性も大いにある。

2018年には、登山家の栗城史多(くりきのぶかつ)が亡くなった際、その訃報を伝えた所属事務所の代表者名が「小林幸子」と全くの同姓同名であり、小林とこの登山家にどのような関係があったのかといった混乱がネット上で生じたこともある。また、実際に2014年には彼女と同姓同名の人物の訃報が日本経済新聞にて発信されたこともあったこともある。

フィギュアスケートなどにも小林幸子という名の選手がいるため、いかに同姓同名となりやすい名前であるかがわかるだろう。

さらに近年では、コロナ感染により自宅療養、その後回復したという事情もあることから、多くの要因が重なったがために紛らわしいワードが引っ掛かってしまったと考えるのが妥当だ。

【参考記事・文献】
美川憲一&小林幸子、長年の不仲説を一蹴「紅白歌合戦は戦いでしたから…」
https://www.oricon.co.jp/news/2330885/full/
デビュー60周年の小林幸子が語る紅白歌合戦の舞台裏。
https://news.radiko.jp/article/station/TBS/112513/
小林幸子「頭に5、6キロは乗ってたんじゃない」豪華衣装のプレッシャーと頚椎の痛み、生放送でアクシデントにも遭遇し
https://chanto.jp.net/articles/-/1004727?display=b#goog_rewarded
小林幸子の死因が検索される理由は?
https://curiosity-trendnews.com/kobayashisatiko-causeofdeath/#index_id5

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【文 ZENMAI】

画像 ウィキペディアより引用