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昭和の歌姫「美空ひばり」には影武者が存在した?!

昭和の歌姫と呼ばれ、不死鳥の異名を持った大スターと言えば、美空ひばりだ。9歳でデビューをして以来、天賦の歌唱力として謳われ活躍していた彼女には、驚くべき逸話がいくつも存在している。

1988年4月11日、完成して間もない東京ドームのこけら落とし公演として「不死鳥コンサート」が開催された。当時、この前年から病気により入院していた美空ひばりは療養のただ中であり、誰しもが再起不能の文字が脳裏をよぎらずにはいられなかった。

だが、開演直前までベッドに横たわり点滴を受けていた彼女は、いざ本番を迎えた途端39曲を熱唱するほどの、まさしく不死鳥と呼ぶべき奇跡的な輝きを披露したのだ。5万人を熱狂させたこのコンサートは、今も伝説の不死鳥コンサートとして人々の中に記憶されている。

彼女の歌にまつわる逸話には、武勇伝とも言える面白いものもある。

ある日タクシーから降りようとしていた際に財布を忘れてきてしまったことに気が付いた彼女は、「財布を忘れてしまったので友人からお金を借りてきます」と運転手に言い、支払いに戻ってくることを信用させるために自分が美空ひばりであることを明かし、「リンゴ追分」をタクシー内で披露した。はじめは信じていなかった運転手であったが、歌い終えた頃にはあまりの感激に「料金はいりません」と言ったという。

また、彼女のその伝説ぶりを語る上で歌唱以外の面でも驚くべき話がいくつもある。

例えば、ある時、橋幸夫が美空ひばりから「タバコは吸うの?」と聞かれて、当時ではかなり高価で入手困難な銘柄を答えた。後日、彼女の家に呼ばれた橋幸夫が目にしたのは、あの時答えた銘柄のタバコがぎっしり詰められた戸棚だった。ここに来たら自由に吸っていいと言われた橋幸夫であるが、たまにしか来ない来客一人のためにここまで手を尽くした美空ひばりの力は凄まじいものがある。




さて、数々のこうした逸話が語られる中で一つ、謎に包まれた”都市伝説”が彼女にはある。それは、彼女には影武者が存在していたのではないかというものだ。

この都市伝説は、多忙な日々を送っていた彼女が、ある地域で評判となっていた自身のそっくりさんを影武者に利用していたというものである。その人物は、美空ひばり本人のように歌うことはできなかったため、挨拶廻りや営業、演技の仕事、インタビューといった喋りを要する仕事を中心に任せていたという。

しかも、これに関連して奇妙な発言がなされたこともある。美空ひばりと結婚し、のちに離婚した小林旭が、ある時彼女との結婚生活について報じられた際、「あの人って二人いるよね」と、まさに影武者説を匂わせるような発言をした。

この発言の真相は定かになってはいない。しかし、テレビがまだ普及していた時代には、「美空びばり」「青空ひばり」と名乗る”偽物”が地方にたびたび出没したと言われており、またそれ以外の人気俳優なども同じ事情があったという。美空ひばりに影武者がいたのではないかという話はあくまで都市伝説であるが、それにはこうした地方に出没したと言われる名を模した偽物の存在に起因しているのかもしれない。

余談になるが、美空ひばりがデビューする以前に、松竹劇団で全く同じ芸名の女優が存在していたのは事実として残っている。

【参考記事・文献】
美空ひばりとはどんな人?生涯・年表を紹介【息子や死因、おすすめアルバムも】
https://rekisiru.com/6746/2
美空ひばり「不死鳥コンサート」39曲熱唱5万人が熱狂した伝説の一夜…1年前に緊急入院で再起不能説も
https://hochi.news/articles/20220405-OHT1T51076.html?page=1
偽物
https://blog.goo.ne.jp/koban55/e/34af5599d8fdd30f2f62a86e54de3158

(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 ウィキペディアより引用 キネマ旬報社 – 『キネマ旬報』1962年7月上旬夏の特別号。 “Kinema Junpo”, Early July 1962 issue. パブリック・ドメイン