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平安の妖怪討伐四天王に腕を斬り落とされた鬼「茨木童子」伝説

茨木童子は、京の都へ一党を率いて暴れ回った鬼の頭領「酒呑童子」の家来だったと言われる鬼である。家来の中でも別格の扱いを受け、酒呑童子の右腕と称されるほどに重要なポジションに座していたとされており、酒呑童子たちが源頼光率いる四天王の討伐により倒された中で、唯一逃げ延びたのが茨木童子であったという。

よく知られる話としては、四天王の一人である渡辺綱との対決がある。ある時、頼光たちの酒席にて「羅生門に鬼が出る」との噂が持ち上がり、いざ皆で鬼退治に出かけて順番に門に入っていったところ、渡辺が入った際にその目の前に鬼が現れ、激闘の末鬼の腕を斬り落とすことに成功。

その後、生き残りがいるかもしれないと一度引き返してみると、美しい女性と遭遇したが、実は茨木童子が化けたものであることがわかり、またしても渡辺が茨木童子の腕を斬り落としたことでようやく決着がついた。

渡辺綱と茨木童子の伝説にはもう一つ別の話がある。京都の一条戻橋を渡辺が通りかかると美しい女性が道に迷って困っていた。渡辺はその女性を自分の馬に乗せて案内をしようとしたところ、女性は鬼に姿を変えて襲い掛かって来た。しかし、結果として渡辺が腕を斬り落としたことで難を逃れることができた。

渡辺は陰陽師である安倍晴明にその腕を見せ、「取り戻しに来るから決して家の中に誰も入れてはいけない」と言いつけ、渡辺は7日間自宅に籠ることとなった。

7日目の晩、渡辺の叔母が心配になったというので訪れ、誰も入れてはいけないと言いながら「大切に育てた報いがこんな仕打ちか」と嘆いたために仕方なく家に入れることとなった。伯母は鬼の腕を見せて欲しいと言ったので渡辺が腕を渡すと、たちまち伯母は鬼の姿に変わり、腕を持って屋根を突き破り去って行ってしまった。

茨木童子の出生には大きく越後説と摂津説が存在している。越後説では、美少年であった茨木童子が多くの女性に言い寄られる中で心配になった母が彼を弥彦神社に引き渡した。ある時、神社から実家へ帰省した茨木童子は母親が隠していた血濡れの恋文を発見し、その血をひと舐めしたところたちまち鬼の姿と化してしまい逃げ出してしまったという。

越後は、酒呑童子の出生の話も伝わり、また女性の執念から鬼へと変貌してしまうというよく似た経緯で語られている。同様の境遇を持ったことから両者は意気投合し、村々を襲ったのだといわれている。

摂津説は、最もよく知られる出生譚であるといえる。水尾村(現大阪府茨木市)の女性が、難産の末に男の子を出産したが、その子供は歯が生えそろっており、すぐに歩き始め、母親を鋭い目つきで笑いながら見たという。母親はショックのあまり亡くなり、父親は恐れをなして隣の茨木村へ捨ててしまった。

それを見つけた髪結床屋の夫婦は、子供もいなかったこともあり茨木童子を育てることにした。成長して髪結床屋の仕事をしていた時のこと、誤って客人にキズをつけてしまったことで起こられた茨木童子が、川の傍で落ち込んでいてふと水面を見ると、なんと自分の顔が鬼の形相になっていた。ショックのあまり帰ることができなくなった彼は丹羽の山へ逃げ、その後酒呑童子と出会った。

なお、摂津での説話では、茨木童子が完全なる悪者としては描かれていないケースがあり、捨てた親も恨まず懸命に働いたというような話も残っているという。こうした怪物討伐の伝承が、広く知られたものとその発祥とされる現地で反対のように伝わっているという例は多く、茨木童子も例外ではないようだ。

因みに、先にあげた渡辺綱との対決の話のうち、一条戻橋での対決は茨木童子ではなかったとも言われている。この話は「平家物語」劔巻に書かれたものであるが、茨木童子という名は一切出ておらず、また平家物語を基にしたとされる「前太平記」の「洛中妖怪事渡辺綱斬捕鬼手事」では、宇治橋の鬼女と安倍晴明が呼んでいる。

「前太平記」の後の巻では、羅生門での対決で初めて茨木童子の名が登場するが、一条戻橋の茨木童子伝承は元からあった鬼退治の話と融合したものではないかとも考えられる。

ただ、ここで興味深いのが茨木童子がことごとく女性に化けているということである。こうした説もあってか、酒呑童子の最も重要な家来であったとされる茨木童子が、実は女であり酒呑童子と男女の関係だったのではないかという推測もあるとのこと。

唯一逃げ延び、そのまま行方をくらましたとされる茨木童子は、最も謎めいた鬼の一人である。

【参考記事・文献】
茨木童子とは?平安京を荒らした鬼の一人について解説
https://amaterasu49.com/media/urban-legend/monster/1417/
茨木童子(いばらきどうじ)
https://youkaiwikizukan.hatenablog.com/entry/2013/05/06/230021
茨木童子の受容と変遷
https://x.gd/1tWkN

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【文 黒蠍けいすけ】

画像 ウィキペディアより引用