びろーんは、日本の怪奇作家・オカルト研究家である佐藤有文の著作内で紹介されている妖怪である。人魂をひょろく伸ばしたような形状をしており、短い手と足に恨めし気な表情をした目鼻口を持った奇妙な風貌をしている。
佐藤の著書によると、びろーんはまたの名を「ぬりぼとけ」と呼び、全身がコンニャクのようにブヨブヨしており、その尻尾で人間の顔や首をなでるのだという。びろーんという名は、「びろ、びろ、びろーん」と唱える呪文に由来しているらしく、この呪文を唱えて仏さまに化けようとしたところ失敗してこの姿になってしまったという。また、塩をかけると消えていなくなるそうだ。
著書内では、いつ、どこで出現したかというような説明が無いために謎が多い妖怪となっている。ただ、調査や言及をする人は少なからずおり、断片的にではあるがいくらかその実情が明らかになっている。
例えば、ライターの村上健司が佐藤へインタビューを行なう機会があった際に聞いたところによると、びろーんという呪文については「江戸だったか平安だったかの絵巻の中に書いてあったんですよ」と佐藤が証言していたという。
また、妖怪研究家の多田克己もある時佐藤へ直接聞いてみたところ、江戸時代の和本からの転載であるがその書名を覚えておらず、また和本の行方もすでにわからなかったという。のちに、佐藤が売ってしまったらしいということが別の文献にて記されている。だが、現在までに佐藤が証言していたようなびろーんを描いた絵巻や和本は確認されていない。
一方、別称とされている「塗仏」については絵巻で確認がされている。佐脇嵩之の『百怪図巻』や鳥山石燕の『画図百鬼夜行』などに描かれているが、その風貌はびろーんのものとは明らかに異なっており、体の黒い坊主の姿に、両目が飛び出して垂れている姿で描かれている。また、どのような妖怪であるかについてはいずれの資料にも解説されていない。
ここまでの情報を整理すると、まず絵巻に描かれていたとはいうものの江戸時代と平安時代ではあまりにも時代が違いすぎており、さらに江戸時代ですら音引き(長音符号)が無かったことから「びろーん」という記載はあり得ないと見られる。そして原本が他者により一切確認できていないということから、妖怪びろーんは佐藤自身の創作ではないかとする説がきわめて有力となっている。
また、設定については時代を経ても少しずつ変化しており、「びろ・びろ・びろーん」はびろーんが退散する呪文であるというものや、「仏様に言うよ」と言い放つと逃げ出すといった紹介がなされたこともあるそうだ。『どろろ』の妖怪は、手塚の息子である手塚眞が幼少期に描いた絵を参考にしていると言われており、また手塚眞が大の妖怪好きであることから、佐藤の著書が息子伝いに手塚へ影響を与えていたのではないかとも考えられている。
さらに、手塚治虫の『どろろ』にびろーんに似た「どんぶりばら」という妖怪が登場しているという。正体は、沼の中にいる亀であるが、沼の中の食べ物を食いつくして動けなくなってしまったことからどんぶり長者に鉦(かね)を叩きながら腹いっぱい飯を食わせ、その食べたものを吸収するという存在であった。
因みに、「びろーん」という語については、『日本妖怪図鑑』が出版されるより前から絶大な人気を博したクレイジーキャッツの谷啓が生み出したギャグの一つで、生地を上下に伸ばすようなしぐさをしながら言う「びろーん」が元になっているのではないかとも言われている。
びろーんはその実、本当に古くから記録があったのか非常に謎めいていながらも、そのキャッチーな名前や説明をベースとして様々な流行や文化に色付けされて発展した妖怪の一つと言えるだろう。
【参考記事・文献】
京極夏彦・多田克己・村上健司『妖怪馬鹿』
妖怪王グループ『昭和の子供 懐かしの妖怪図鑑』
いちばんくわしい「びろーん本(仮)」まとめ
http://raira314.web.fc2.com/kuwasii.html
どろろ(手塚治虫)のネタバレ解説・考察まとめ
https://renote.net/articles/323567/page/5
【アトラスラジオ関連動画】
【文 黒蠍けいすけ】