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手塚治虫をスランプから復活させた「ブラック・ジャック」の創作伝説

画像『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ (立東舎)

漫画の神様手塚治虫の代表作の一つとして、必ずといって良いほど上がるタイトルといえば『ブラック・ジャック』だ。

無免許の天才外科医であるブラック・ジャックを主人公として、その医療描写は当然ながら彼のもとに舞い込む以来と患者やその周囲の人々の人間関係を通じ、「生とは何か、死とは何か」を問いかける屈指の人気作品となっている。漫画誌における最初の本格医療漫画であるとも言われており、その人気から幾度ものアニメ化や実写映画化されている。

このブラック・ジャックが生み出された1973年当時は、手塚治虫にとって人生のどん底とも言える時代であった。それまで『鉄腕アトム』をはじめとして数々のSFやファンタジー風の漫画作品を世に送り出していた手塚であるが、次第に業界では『あしたのジョー』や『巨人の星』といった劇画漫画が主流となっていった。手塚作品は「時代遅れ」「古臭い」という評価がなされ、最大のスランプに陥っていた。

そんな中、週刊少年チャンピオンの編集長に就任した壁村耐三によって短期連載の話がもたらされた。そこで執筆した『ブラック・ジャック』が予想を超えて注目されることとなり、その直後に連載された『三つ目がとおる』のヒットとともに見事手塚は復活を果たすこととなった。

ブラック・ジャックは、設定上無免許でもぐりの医者であるが、作者である手塚はというと実は医師免許を持っていた。1945年、まだ戦時中であった頃に彼は大阪帝国大学医学専門部に入学した。その在学中に「マアチャンの日記帳」という四コマ漫画を連載開始し漫画家デビューをしている。

5年制であった医学専門部を1年留年して卒業したが、その理由は授業中でも漫画を描き続けていたためであったと言われている。当初は実際に医師を目指していた手塚であったが、あまりに漫画を描いていたことから「ろくな医師になれない」と講師に忠告されたという。また、専門は外科であったが血を見るのが苦手だったために、医師になることを諦めたとも言われている。




さて、『ブラック・ジャック』はその創作過程において多くの逸話が残されている。

本作は続き物ではなく、どこからでも読むことができるいわゆる一話完結形式をとった作品であるが、この形式は「アイデアは売るほどある」と豪語する手塚と言えども非常に苦労したという。ページ数にして毎回20ページ前後という制限の中で濃密な内容を描くこととなった本作に対し、当時少年チャンピオンの編集長であった壁村耐三へ「続き物にして欲しい」と打診したほどであったというが、断固として壁村は反対したそうだ。

しかし、やはり手塚の能力は並外れていた。ある時、あまりの過密スケジュールから、「ブラック・ジャック」の原稿以外、その時点で受けている他の原稿をすべて止めなければ間に合わないという事態の中、「三つのストーリーを考えた」と突然言い始め、「どれがいいですか」と担当者に聞いたという。その時のエピソード第232話「虚像」は、結局1日半で描き上げられたという。

また、ブラック・ジャックは当初「ホラー漫画」という位置づけであり、コミック第8巻までは「恐怖コミックス」と印字されていた。これは、グロテスクな描写のみならず、現実にはない架空の病や治療、あるいは異星人や幽霊といった存在も登場するためであると言われている。

表現的に問題があるという指摘などから単行本に収録されていない話もあり、ブラック・ジャックが全25巻でありながら、そうした未収録作品を勝手に集めて制作された海賊版コミック”第26巻”が出回るといった出来事も発生したことがある。

手塚作品の中では、暗くシニカルな部分が強い本作は、かつて自身がスランプに陥ったころに流行した劇画のスタイルを、持ち前の負けん気で徹底的に吸収したことに起因していると思われる。だが、時としてそのような雰囲気らしからぬコミカルな描写が差し込まれることも、手塚独特の表現であると言えるだろう。

彼の有する多くの”武器”の集大成と、それによる第二の流星を築き上げた存在こそブラック・ジャックであった。

【参考記事・文献】
ブラック・ジャック
https://x.gd/cHva2
ブラック・ジャック
https://x.gd/lswHS
ブラックジャックの最終回をネタバレ!ピノコとの関係や結末はどうなる?
https://bibi-star.jp/posts/8305
ブラックジャックじゃない!手塚治虫は医師免許をもっていた
https://zatsugaku-company.com/tezuka-osamu-doctor/

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(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)