徳島ラジオ商殺し事件とは、1953年11月5日に発生した強盗殺人であり、当時50歳のラジオ商(今でいう電器店)「三枝電器店」の店主の三枝亀三郎が店内で殺害され、彼の内縁の妻であった当時43歳の冨士茂子も重傷を負った事件である。また日本における冤罪事件の一つとしても知られており、死後再審が行なわれ無罪となった日本初の事例にもなった。
事件発生当時、三枝電器店に何者かが押し入って店主の三枝が刃物で数ヶ所を刺され即死。一緒に寝ていた茂子も犯人の凶器で切りつけられた。命に別条が無かった茂子は叫び声をあげ、それによって犯人は逃走した。犯人は犯行前に屋根へよじ登り電話線と電線を切断していたため、犯人が逃走した直後は室内の電灯がつかず、また電話もつながらない状態となっていた。
騒ぎを聞きつけた近隣住民によって、通報されることとなった。犯行現場には、犯人のものと思われる懐中電灯が落ちており、また茂子の布団には土足の靴跡も残されていたという。
50年代当時のラジオは花形の商品でもあり、被害者の三枝も1951年から始まったテレビの民間放送に早くから着目し「テレビ徳島」設立を視野に入れるといったやり手の実業家として知られていた。その手法にいささか強引なものも目立っていたことから恨みを買うこともたびたびあり、事件発生当初から強盗殺人として警察の捜査が進められていった。ただし、金品が奪われた形跡はなかったという。
その後、別件で逮捕された暴力団関係者に対し、ラジオ商殺しの容疑が追及されたものの、本件の犯人に結び付く物証が得られず全員が不起訴処分となり、事件から1年が経過しても犯人が捕まることはなかった。これによってマスコミなどからの非難が警察に集中することとなったが、このことが事件を一変させることにもなってしまった。
警察は外部から内部の犯行へと捜査方針を転換させ、その結果被害者であった茂子を夫殺しの犯人であるというシナリオを描き始めた。この当時、徳島市内で女性による傷害や殺人事件が連続して起こっていたこともあり、今回の件も犯人が女性であるとあてはめていた可能性もある。
前段階として、この電器店に住み込みで働いていた二人の未成年店員を全くの別件で検挙し逮捕、そして連日に渡って執拗な取り調べを行ない茂子が犯人であるという”証言”を無理やり引き出した。これによって、茂子は殺人の罪で逮捕された。
茂子に対する取り調べはきわめて理不尽なものであり、先の少年店員二人と面会させた際には「自白をしなければ自分たちが刑務所に送られる」と泣き落としをさせたり、「お前が殺したに決まっている」という屁理屈同然の脅迫めいた取り調べが連日行なわれたりしたという。
こうした取り調べが続いたことで茂子は”自白”をし、1956年には徳島地方裁判所の一審で懲役13年の有罪判決が言い渡されることとなった。その後、控訴が棄却され、費用面での事情から上告も取り下げざるを得なくなり、茂子の懲役が確定してしまった。
すると、その2年後にはなんと、静岡県沼津署に真犯人を名乗る男が出頭し、その供述内容から真犯人である信憑性がきわめて高かったにもかかわらず、有罪を確定させた検察のメンツからか、この男は証拠不十分で不起訴処分となったという。
茂子は、模範囚として服役しながら再審請求を開始し、刑期2年を残した1966年11月に仮出所。親族や市民団体の支援のもと再審請求を続けたが、1979年に膵臓がんで死去した。その後、再審請求を引き継いだ姉弟らにより、ついに1985年7月9日に徳島地方裁判所は無罪判決を下し、死後にして茂子の名誉回復がなされた。
因みに、彼女の再審支援には、作家瀬戸内晴美(瀬戸内寂聴)も加わっていたことが知られており、瀬戸内はこの事件をきっかけに死刑廃止論者になったとも言われている。
自白の強要によって冤罪となってしまうケースは、この事件の当時でもよく見られていたという。しかしながら、捜査機関側のプライドやメンツによって事件そのものが歪められてしまうことは、決して許されることではない。
この事件の真犯人も結局不明となり、現在も真相がわからないままとなってしまっている。
【参考記事・文献】
徳島ラジオ商殺人事件の真犯人と検事の名前は?現場の場所はどこ?
https://bitter-magazine.net/archives/1707
瀬戸内寂聴の魂震わせた冨士茂子の言葉【徳島ラジオ商殺し冤罪事件】
https://ending-notes.com/setouchi-jakuchou/
殺人事件の有罪判決をひっくり返した、勇気ある裁判官の告白
https://gendai.media/articles/-/54666?imp=0
(黒蠍けいすけ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
画像 徳島新聞社 – 『徳島新聞』 1956年4月18日, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=33173065による