天皇の食事と聞くと、どのようなものがイメージされるだろうか。
昭和天皇が63歳となる1964年から25年間料理番と勤めた谷部金次郎によると、両陛下の三食は、朝食がおおむね洋食で昼食と夕食が和洋交互、和食は一汁三菜を基本として、デザートに和菓子などが出される以外の間食は一切なかったという。
内容も、特別なものはまず出されることはなかったそうだ。出された食事は滅多に残すことがなく、焼いたイワシを骨ごと食べていたほどであるという。
皇室には、「一物全体食」(いちぶつぜんたいしょく)「身土不二」(しんどふじ)という食事の教えが伝わっていると言われている。
これは、「食材を無駄なく食べることで栄養を偏りなく摂ることができる」こと、「地域で獲れた季節のものを食べることで環境と体が調和する」という意味の言葉である。このことから料理番は、大根の皮は切り干し大根、葉は炒め物に使用し、魚や肉の骨でスープをとるなどを徹底し、また旬ではないものを食事に使うこともなかった。
食事内容を見ると、庶民からすれば充分なものだと言えなくもないが、一方で非常に質素であるとも言えるだろう。しかし、そのような昭和天皇にも食事にまつわる面白い逸話がいくつも残っている。
昭和天皇は、体質に合わないためか酒を口にしなかったが、「バナナの生ベーコン巻き」といった甘いものを好んでいたという。好物として最もよく知られているのは「鰻」である。京都から届くお茶漬け用の鰻が特に好物であったようであり、平らげてしばらくすると女官に「まだある?」と言ってお代わりをするほどであったという。
また、イモ類、中でも「ふかし芋」もかなりの好物であったようであり、フレンチを担当していた渡辺誠が若い頃、良かれと思いふかし芋の皮を剥いてしまい女官から大目玉を食らった。その時に昭和天皇は、「皮のところが美味しいのに」と残念そうな顔をしていたのだとか。因みにふかし芋は、巡行の際に地元の人から差し出されて以来お気に入りになった食べ物だそうだ。
一方で、思いも寄らないものを食べたという記録もある。昭和天皇は海洋生物を研究していた”学者”でもあったが、アメフラシにも精通していたが、なんとアメフラシを食べたことがあったという。甘辛く煮付けてみたそうだが、感想としては「臭くないが美味しくない」ということだった。侍従長の入江相政によれば、昭和天皇は「煮るとこんなに小さくなる」と指で輪を作って笑っており、しかも三度も食していたという。
食事で一悶着が起こった珍しいケースもある。「フグ論争」「フグ事件」とも言われるこの出来事は、昭和天皇と侍従の間で行なわれたやり取りで起こったものである。山口県の特産品としても知られるフグは、豊臣秀吉の時代にフグ食での死亡が相次ぎ禁止令が出て以降、伊藤博文が食してから山口県で限定的に解禁され始め、第二次大戦後になると全国的に調理師免許制度が敷かれて食されるようになった。
下関巡行の際、昭和天皇は当時の山口県知事からフグを提供されることになっていたのだが、なんと侍従長入江の独断で食することができなくなってしまったのだ。フグを楽しみにしていた昭和天皇は侍従長に問いただすも、「とにかく食べてはいけない」の一点張りで結局食べることはできなかった。
さらに、その後に常陸宮(ひたちのみや)からフグが献上された際にも、侍医杉村昌雄によって「万が一のことがあっては困る」との理由でフグ食が許可されなかったのだが、ある日の拝診(天皇の診察)で昭和天皇と二人だけになった寝室にて「どうしてフグを食べてはいけないの?」と突然呼び止められた。
思わぬ問いに杉村はしどろもどろにながらも返答するも、昭和天皇からの議論は止まることなく、皇后陛下が化粧室から声をかけたことでようやく2時間に足る議論が終わった。だが結局、昭和天皇は生涯フグを食べることができなかったと言われている。
昭和天皇の食事にまつわるこれらのエピソードは、単純に食への執着が強いということではなく、食べることの喜びを誰よりも体現した姿勢の表れであるようにも見える。
【参考記事・文献】
料理番が明かす昭和天皇の食卓 鰻の茶漬けを「お代わり」
https://www.news-postseven.com/archives/20150101_292813.html?DETAIL
昭和天皇の好物は「バナナの生ベーコン巻き」
https://president.jp/articles/-/29409
昭和天皇はこんな物を召し上がった~お食事面白エピソード集~
https://idliketostudy.me/cook001/
ほのぼの成分100%!読んだら好きになる昭和天皇エピソード
https://idliketostudy.me/shouwa-tennou-matome/
天皇の料理番-秋山徳蔵と昭和天皇のフグ事件
https://netabare1.com/3470.html
(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
画像 もちのなか / photoAC