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【絶望】猟奇的ファンの身勝手な独占欲が生んだ最悪悲劇「高島忠夫長男殺害事件」

高島ファミリーといえば、俳優・タレントの高島忠夫をはじめとして、元宝塚トップスターであった妻の寿美花代、ともに俳優である息子髙嶋政宏・政伸も俳優として活躍するなど「元祖芸能一家」としても知られている。

高島と寿美の間には、実は2人の息子以外に長男がいたのだが、わずか生後5ヶ月で亡くなっている。だがその原因は、一家に家政婦として勤めていた女性によって殺害されるという、あまりにも残酷なものであった。

高島と寿美が結婚した1963年、新潟県の佐渡から一人の女性Aが中学卒業と同時に集団就職によって都内へ働きに出ていた。宝塚時代の寿美の大ファンであったAは、「高島家が家政婦を募集している」ということを知り合いから耳にし、同年7月、ツテなどを利用して晴れて採用された。

1964年、高島と寿美の間に待望の第一子である道夫が誕生したことで、それまで家事を担っていたAは、忠夫の身の回りの世話も受け持つこととなった。

こうして信頼を得ていたAは公演の付き人なども任されるようになり、高島からその献身的な働きの礼として高級レストランの食事に誘われたり、高価なブランド品を贈られたりするなど非常に可愛がられた。

だが、Aが付き人となった頃から高島家の環境に大きな変化が起こった。家に誰もいない状態が続くことを懸念して新たに69歳の家政婦が雇われ、さらに長男である道夫の専属として29歳の看護婦が住み込みで働くようになった。次第にAは、自分を差し置いて彼女らが大切にされているのではないかという不安と同時に嫉妬を抱くようになった。


Aにとって決定的なことが、高島一家が旅行へ行くこととなった際、自分も誘われるかもしれないという期待も叶わず、高島の看護婦に対する「お土産を買ってくるから道夫を頼んだよ」との声掛けによって、自分が除け者にされているという心情をますます抱いた。

8月24日深夜、風呂上がりで部屋に戻る途中、看護婦の部屋から道夫の泣き声が聞こえてきた。看護婦は眠っており、Aは道夫をあやすために庭先へ出た。その後、道夫の足が汚れてしまったことでまだ湯を張っていた風呂場へ連れて行った。だがその時、「この子がいなければ看護婦は用なしになり、また自分が可愛がってもらえる」との考えがよぎったAは、道夫を浴槽に沈め、そして蓋をして溺死させた。

その後、高島たちによって警察に通報がされ、寿美によって道夫の死体が発見された。

はじめAは、物取りの犯行に見せかけるために物色されたような跡を残したり、「人影を窓から見た」といった隠蔽工作を図っていたが、証言の矛盾などから疑われてついに逮捕となった。

事件後、妻の寿美は赤ちゃんの泣き声や子供が助けを求めるような言葉によるいたずら電話に苦しめられ、また湯船につかることができなくなったという。Aは当時17歳ということから実名報道がなされず、懲役3~5年という不定期刑が確定、以後どうなったかは不明である。

噂では、三男である政伸が成人したある日、突然女性が現れ「犯人は私」と話しかけられたとも言われている。元々ファンであった者が絡んだ事件というのはこれまでも多く聞かれているが、生まれて間もない子どもが犠牲となったこの事件は、きわめて痛ましいものである。

【参考記事・文献】
高島忠夫の長男(道夫)誘拐殺人事件の犯人の名前や動機、現在とは?
https://shirutoku.info/takashimatadao-chonan-jiken
高島忠夫と寿美花代の長男殺害事件で犯人の女は誰?出所後の現在は
https://curious-rabble.net/takashima-tadao_sumi-hanayo_eldest-sun_murder_who_criminal_girl_what_doing/
高島忠夫の息子(長男)殺害事件、犯人(家政婦)の動機が異常。事件発覚その後まとめ
https://asuneta.com/archives/35351#google_vignette

(黒蠍けいすけ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 ウィキペディアより引用