幕末最大のミステリー「坂本龍馬」暗殺にまつわる数々の説

幕末の土佐藩士坂本龍馬は、大政奉還が実現して間もない1867年11月15日に、京都河原町の近江屋で中岡慎太郎と共に襲撃され暗殺された。この龍馬暗殺は、「十津川郷士の者ですが」と名乗る男に殺されたという以外の確証が無く、現在でも幕末の大きな謎の一つとして広く認知されている。果たして、竜馬暗殺の犯人とは誰なのだろうか。実行犯そしてその背後の黒幕が数々の説で展開されている。

龍馬暗殺の当時は、新撰組による犯行であると言われていた。龍馬と共に襲撃され、2日ほど生き延びていた中岡慎太郎の証言では、実行犯が「こなくそ!」という伊予の方言で叫んでいたと言われている。倒幕側の龍馬と幕府側の新撰組が政治的に対立していた立場であったこともあり、また新撰組に伊予出身の原田左之助もいたことから、当時は原田の犯行だと信じられていたという。




現在有力と言われているのは、幕府の役人によって組織された治安維持部隊「京都見廻組」によるものであるという説だ。有力とされる最大の根拠は、自供によるものである。今井信郎(いまいのぶお)は自分を含め他の襲撃者の名前を告白したといわれ、その中の佐々木只三郎が実行犯であると言われている。しかしながら、今井はのちに自供内容を覆す発言をしているとも言われており、明確な断定には至っていない。

新撰組あるいは京都見廻組が実行犯であるということは強く説かれている一方、彼らに指示・リークした黒幕の存在もまた推察されている。例えば、紀州藩によるものであるという説。1867年5月26日、竜馬の海援隊が大洲藩から借りていた蒸気船「いろは丸」が紀州藩船「明光丸」と備後国鞆の浦(とものうら)で衝突する事件が発生した。龍馬は、沈没したいろは丸の過失を万国公法によって追及し勝訴したが、これを恨んだ紀州藩によって暗殺が計画されたのではないかとも言われている。

さらには、フリーメイソンによるものであるとの説も存在する。幕末に武器商人としていたトーマス・グラバーは、龍馬の亀山社中へも武器や弾薬を売買していたと言われているが、これには龍馬を手駒として、より広く武器の売買を行なおうという目論見があったとも言われている。この説はグラバーがフリーメイソンであったという説に依拠しており、最終的に龍馬は用済みかもしくはフリーメイソンについて深く知りすぎたために消されたと説明されている。




この他、薩摩藩や長州藩などさまざまな犯人説が語られている。だが、その中で非常に注目すべきは、龍馬の出身国「土佐藩」が黒幕ではないかという説だろう。当時、アメリカとの取引はまず坂本を通せというほど、貿易における龍馬の力は絶大なものであったと言われている。

武力による倒幕に異を唱えていた龍馬の存在は、幕府よりもむしろ武力による倒幕を目指した倒幕側にとって邪魔な存在であったといえる。何より、龍馬が隠れていた近江屋をどのようにして見つけ出したのかという謎があり、誰かの手引きがなければ不可能であろうと考えられているのだ。

これほどの多くの証言証拠そして説があげられていてもなお、龍馬暗殺の真相は確定が得られていないが、いずれにしても、坂本龍馬は多くから暗殺の動機を持たれていた存在であることに違いはない。

【参考記事・文献】
山口敏太郎『日本史の都市伝説』
秘密結社の謎研究会『フリーメイスンの謎と正体』
坂本龍馬暗殺の犯人はだれ? 黒幕はいたのか?
https://rekishikaido.php.co.jp/detail/4501
坂本龍馬はだれになぜ暗殺された?5つの有力説ついて徹底解説
https://rekisiru.com/4606
坂本龍馬を暗殺した犯人とその理由とは?疑われる説
https://colorfl.net/sakamotoryomaansatsu/#i

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(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 ウィキペディアより引用

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