アベコベといえば、かつて話題となった怪談を想起する人は多いかもしれない。『稲川淳二の怪談グランプリ2013』で優勝を勝ち得たオカルトコレクター田中俊行によって語られた、あらゆる事象がアベコベになっている奇妙な体験と遭遇のストーリーとなっており、後年にSNS媒体でも流行したことでも一層の知名度を高めた。
その話中、車に乗り込み前進しようとしたところ、なぜかバックに走ってしまうという描写がある。機械にまで影響を与えた謎の怪異であるが、それ以上の奇妙な出来事がかつてアメリカのとある町で発生した。
1963年3月3日。ノースカロライナ州のとある町にある洋品工場では、その日も靴下が編み上げられていった。11時少し前のこと、突然機械がその動きをぴたりと止めてしまった。
停電かと作業員が思っていたその時、なんと機械が逆回転で動き始めたというのである。靴下を編むはずの機械からは糸くずの山が次から次へと出てしまい、急いで機械を止めたことでおさまった。
ところが、奇妙な出来事が起こったのはこの工場だけでは無かった。他の製造工場でもベルトコンベアが逆回りになってしまったことで多くの製造品が使い物にならなくなってしまい、果てはデパートにおいてはエスカレーターの上り下りまでも逆になり、訪れていた多くの来客がパニックに陥った。
発生からおよそ2時間後、異常な動きを見せていた町中の機械は普段通り正常に稼働をし始め、事態は終息を迎えることとなった。
電気会社の調査によると、事件が起こった頃に町の変電所で付け替え工事が行なわれていたことがわかり、この時の付け替えのミスによって町中の機械のモーターが逆回転をしてしまったのではないかと考えられた。だが、徹底した調査もむなしく取り付けによるミスは発見できず、何より2時間の間だけで町中の機械の動きが逆になり、さらにはひとりでに元通りに戻ったということの理由が説明できなかった。
結局、この事件については全く謎のままとなってしまった。
「機械アベコベ事件」と呼ばれるこの不可解な出来事は、1965年に発行された小学五年生5月号付録『世界のふしぎ』に「うそのようなほんとうの話」の一つとして掲載されている。ただ、この事件についての記録もしくは類似したような出来事が他に見られず、出来事の真相については謎のままとなっている。
1960年代のアメリカと言えば、ノースカロライナも含めアフリカ系アメリカ人の人種差別撤廃と公民権復活の動きが活発に行なわれていた時代である。また、60年代前半は日本において初のテレビ用連続アニメとして制作された『鉄腕アトム』も登場し、謎の電波によって機械が誤作動を起こすなどの機械にまつわるストーリーも多く放送されていた。
仮にこの事件が創作であったのだとすれば、アメリカにおける黒人のいわば白人への反発というモチーフが、鉄腕アトムで描かれたような人間に反するかのような機械の挙動という描写と重なったイメージがアメリカでの機械アベコベ事件という形で生成されたのかもしれない。
【参考記事・文献】
小学五年生5月号(第18巻第2号)付録『世界のふしぎ』
鉄腕アトム(1963)
https://tezukaosamu.net/jp/anime/subtitle/a0030/index.html
公民権運動
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=1484
【文 黒蠍けいすけ】
画像 How’s Thatのしゅん / photoAC