ケンムンは、鹿児島県奄美諸島にいる妖怪といわれている。ケンモン、クンムン、ネブザワなどの別名でも呼ばれており、ガジュマルやアコウの木に住む精霊とも呼ばれている。
ケンムンの見た目や特徴は土地ごとに異なっているが、子どものような体格で、赤肌で体中が毛で覆われており、また足が非常に細長く、膝を立てて座るとその膝が頭の位置よりも高くなるというのが最大の特徴である。頭には皿のようなものがあるとも言われており、このことから河童の一種ではないかとも考えられている。
また、ガジュマルの木に住むという点から、沖縄諸島周辺に伝わる妖怪キジムナーとも関連があるのではないかと考えられている。
山中で大石が転がる音や木が倒れる音を立てたり、馬や出会った人間に化けたり、また相撲を挑んできたりと、いたずらを働くと言われている。山中で食べ物を持って歩いていると、ケンムンにあとをつけられて道に迷わされるという話も残っている。ケンムンと友人になると魚が多く獲れるというが、それらの魚は片目がえぐられているという。
一方で、ケンムンは島の自然を守るシンボルとしても見なされている。いたずらをするのは、自分たちの住処である自然を守るためとも言われており、何かしら無礼を働くと祟られる存在としても知られているのだ。
ケンムンの目撃については、かつて多く報告があったようではあるが第二次世界大戦後にはあまり目撃されなくなったと言われている。また、この第二次大戦に絡んでケンムンにまつわる逸話が存在している。一つは戦時中、島民たちが空襲を避ける為にガジュマルの木の下に避難した際、用意しておいた粥をケンムンに食べられたというようなことがあったという話だ。
そして最も知られているものは、GHQのマッカーサーにまつわるものである。戦後のある時、GHQの命令で奄美大島に仮刑務所が作られることとなり、多くのガジュマルの木を伐採することとなった。先にも述べた通り、ケンムンはガジュマルの木に住むと言われていたことから、島民はケンムンの祟りを恐れ、伐採の際には「マッカーサーの命令だぞ」と大声で叫びながら作業を行なったという。
するとそこからケンムンの話が途絶え、その後にマッカーサーがアメリカに帰って死んだというニュースが流れたというのだ。ニュースを聞いた島民たちは「ケンムンがアメリカに渡ってマッカーサーを祟ったのだ」と口々に噂し、しばらくして再びケンムンが現れるようになり、島民たちはケンムンがアメリカから帰ってきたと考えたのだという。
マッカーサーは1964年に亡くなった。晩年は穏やかに過ごしたと言われているが、第2次大戦後は朝鮮戦争において当時のトルーマン大統領と意見が衝突し解任、次期大統領を狙うも敗れる、といったことが続いた。その態度は欲が出て傲慢になったとも言われており、母国では自分の偉業を大げさに語る人物という評価がなされていたとも言われている。
このような晩年のあまり良いとは思えない処遇や評価が、ケンムンによってじわじわと祟られ続けた証拠だったのだろうか。
【参考記事・文献】
・村上健司『日本妖怪大辞典』
・『ケンムン』 – 妖怪の不思議な話・怖い話
https://coredake.com/kenmun/
・【第2回】奄美大島にひっそりと暮らす ”ケンムン とは??
https://lrnc.cc/_ct/16822733
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(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
画像 Nagoya Sagenta (名越左源太時敏, Japanese, *1819, †1881) – scanned from ISBN 978-4-7741-2451-3., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2226058による