SNSなどで流言蜚語が書き込まれ、あっという間に炎上してしまうことは少なくない。中にはあることないことを書いて対象者を貶めたという事例も。これらは情報の伝達速度が上がったが故のこととされているが、ネットがなかった時代に手紙を利用した大規模な炎上キャンペーンが海外で行われたことがあった。特定の人を対象に取るだけでなく、地域社会が標的に遭ったようで住民らは実に20年にわたって不気味な脅迫状や秘密を暴露する手紙に悩まされるようになったのである。
1977年3月、オハイオ州サークルビルに住むバス運転手のメアリー・ギリスピーさんの元に地域の学校長であるゴードン・マッシー氏との不倫を非難する手紙が届いた。しかも一度や二度ではない、数年にわたって届き続けたのである。例えばある手紙の文面は次の通り。
「マッシーに近づくな:彼に会ったことを質問されても嘘をつかないこと。あんたがどこに住んでいるか知っている。私はあんたの家を観察し、子供がいることも知っている。これは冗談ではない。真剣に受け止めろ。関係者には連絡済みだ。すぐに終わる」
また、メアリーさんの夫、ロン・ギリスピー氏に宛てた手紙にはこうあった。
「ギリスピーさん、あなたの奥さんはゴードン・マッシーと付き合っています……ふたりを捕まえて、ふたりとも殺すべきです……彼は生きるに値しません」
手紙の主は“サークルヴィル・ライター “と名乗っていた。手紙の送り主は彼女の幼なじみの恋人が乗っていた車も、子供たちが通っていた学校も知っていると手紙に書いており、自宅に電話をかけたりメアリーが担当するバス路線に彼女を非難する看板を設置するなど次第にエスカレートしていった。
ただのイタズラではないと考えた夫妻は警察に相談し、警察は一家の電話を盗聴たり自宅を監視することにした。また、郵便局と協力して送り主を突き止めようともした。なお、手紙に押されていた消印の場所はオハイオ州コロンバスのものだった。
1977年8月、妻のメアリーが親戚と休暇を過ごしていたとき、夫のロンは子供たちに「手紙を書いた人物と対峙する」と言って銃を持参し、トラックに乗り込んで家を出た。ちなみに彼が出かける直前、自宅に匿名の電話がかかってきたことも報告されている。電話の主が誰なのかはわからなかったが、一家に手紙を送りつけてきた人物であったと考えられている。
Case #71: Circleville Letters
An anonymous letter writer terrorized the town of Circleville, Ohio, in the 1970s and 1980s. Who wrote the letters? What was their goal? How did they know so many of the town's secrets?
Episode now available: https://t.co/XFa7oOP6Ty pic.twitter.com/C4bbdAJnXU
— 🔴Red Web🕸 (@RedWebPod) December 27, 2021
だがロン氏はその後、車同士の衝突事故で木に激突し、死亡している状態で発見された。遺体のそばには一度だけ発砲されたリボルバーがあり、彼の血中アルコール濃度は法定濃度の2倍だった。しかし彼の友人らは取材に対し、ロン氏は大酒飲みではなかったと証言している。結局彼の死は事故と断定されたが、ロン氏の義理の弟であるポール・フレッシュアー氏を含む多くの人々は「ロンが手紙の書き手を撃って殺害された」と考えており、当局に彼の死亡事故をもっと詳しく調べるよう要求したという。
ちなみにメアリーさんは手紙で不倫をほのめかされたマッシー氏と恋人関係になっている。しかし二人が互いの事を知ったのは例の手紙が届いて以降であり、交際が始まったのもロン氏が亡くなってからだった。いわれなき疑惑をぶつけられた被害者同士、馬があったのかもしれない。
この頃には嫌がらせの手紙は新聞社や選挙で選ばれた議員など、地域の人々にも手紙が送りつけられるようになっていた。ある手紙には「あなた(※メアリー)がしたことの代償を払うのは、あなたの娘さんです」と恐ろしい内容が書かれていた。
1983年、バスを運転していたメアリーさんは、フェンスに手紙と同様の内容が書かれた張り紙を見つけた。恐ろしくなった彼女は車を停め、張り紙を引き剥がそうとしたのだが、その裏に装填された拳銃が仕掛けられたブービートラップを発見してしまったのである。
当局はこの銃をロンの義理の兄、ポール・フレッシュアー氏が同僚から買ったたものだと突き止めた。そして尋問の結果、ポール氏の別居中の妻カレン・スーさんがマッシー氏との関係でメアリーさんに激怒していたポール氏が手紙を書いたのだと警察に告白した。しかし、フレッシュアー氏は銃は盗まれたものだと証言、警察が彼の車と家を捜索することを許可し、彼の書いた手紙のサンプルを渡すなど捜査に積極的に協力。彼はポリグラフ検査を受けることにも同意したが、不合格だった。
結局、フレッシュアー氏はメアリーさんの殺人未遂で逮捕されたものの、彼に有罪判決後が下された後も手紙は届き続けた。彼の刑期は10年であり、紙やペンの使用が禁止されていたにもかかわらず、手紙は届いていたため、地域の人々の中には彼が冤罪ではないかと疑う人もいたという。
フレッシュアー氏の自宅にも「自分がいかに “はめられたか “」を自慢する手紙が届いたため、今度は彼の元妻であはるカレン・スーさんが黒幕ではないかと疑われたが、彼女が立件されることはなかった。
元FBI捜査官のメアリー・エレン・オトゥール氏は、メッセージに誤字が多いことから、書いたのはあまり教育を受けられなかった女性である可能性を上げていた。
1994年にフレッシュアー氏が出所すると手紙は途絶えたが、彼は2012年に亡くなるまで無実を主張し続けた。結局この“サークルヴィル・ライター “事件は未解決のままである。
(勝木孝幸 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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