茨城県古河野木町の4号線を入ったところに、某神社がある。
この神社には、昭和の頃まで「からから」、或いは「からら」と呼ばれる怪物が出たと言われる。それは「からから」という音を立てて飛行するもので、飛行音に由来がある。今風に言えば、未確認飛行物体とでも言っておこうか。
昭和の頃までは、この怪物に追いかけられたという人が、随分といた。ごく自然にいる怪物であった。言わば、生活に密着した「ご近所の怪物」であった。
同神社での「からから」の出現場所について述べておこう。奴らは鳥居の付近に出現した。境内の鳥居は、一の鳥居から三の鳥居まで続くのだが、この鳥居をくぐっている参拝客が襲撃されるのだ。
だから、昭和初期の頃は、夜間は迂闊に参拝路を歩けなかった。
もし歩いた場合、こんな事態に遭遇してしまう。
「からから」
という音が聞こえ、突然赤く光る火の玉のような発光体が現れる。
「化け物だ、逃げろ」
と言って走り出しても、もう遅い。発光体は、猛スピードで追いかけてくる。そして、その発光体はしつこく何度も追い掛け回す。
「お助けくだされ」
大概の人は逃げ惑うのが、「からから」は追跡の手を緩めない。
しつこく、しつこく、カラスが人間を襲うかの如く付きまとう。
「ひいいぃ」
あまりの恐怖の為、失神するか転倒して怪我する者さえ出る始末。
「からから」は恐怖の飛行物体だったのだ。
よく考えて見ると、「からから」とは飛行物体の飛行音だろうか。
未確認飛行物体の目撃者によると、大概が機械音のような不思議な音が聞こえるという。ホバーリングする音なのか、飛行する推進エンジンの音なのか。
「からから」とは、何かが回転する音かもしれない。
因みに、二の鳥居から三の鳥居の間では、時折大蛇も出たと言われる。大蛇というUMAに、未確認飛行物体の出現とは賑やかな話である。この神社は、いわゆる不思議スポットであったのだ。
それでは「からから」の話に入ろう。昭和初期の話である。ようやく、月が昇り始めた夕方。黄昏の薄い闇の中を縫うように歩いていく二人の人影。母親と8才の娘が一緒に歩いていた。
神社の鳥居を抜けていくつもりであろう。無論「からから」の噂は聞いていたが、そうそう毎回襲われるものではあるまい。母親は鷹をくくっていた。
「さあ、早く歩きな、からからが出ないうちにね」
母親は娘の手を強くひいた。この二人、古河の親子連れで、野木村で用事を済ませて帰る途中である。
「おっかあ、なんかだか怖いよ」
「さあ、早くこの神社を駆け抜けるんだよ」
母親が語気を荒くする。
ちょうど親子は、神社の並木道を歩いていた。半分まできた時の事 二人の耳にあの音が聞こえた。
「からから」
母親の顔色が変わった。
「化け物が出たようだ。早くお逃げ!」
母親や娘を前方に突き出しながら、走り出す。娘の足がから足を踏むように縺れ、母親と接触しそうになった。
「追いつかれる」
娘が泣きそうな声をあげた。
「からから」
音が一層大きくなったと同時に、頭上に火の玉が現れた。
「ひいいいぃぃぃ」
親子は頭を抱えて、悲鳴をあげなら逃げ惑った。
だが、「からから」は、音を立てて 二人に迫ってくる。
「早く早く、境内から逃げだすんだよ」
母親が裾を広げ、大またで走っていく。娘も半狂乱になって境内の外に飛び出した。
「ここまで来たから安心だね」
親子は一息ついた。
二人がその追撃をかわすと その「からから」と音をたてる飛行物体は、野木っ原の方向に飛び去った。親子の目撃証言は具体的なものであった。
その形状は、竹で編んだ丸い籠のようなもので、いくつも穴が空いていた。しかも、その穴の中から赤い火、黄色の火が出ていたという。
他の目撃者も多くおり、二の鳥居付近から飛び出す事が多いと言われた。果たしてこの「からから」の正体はなんであったのだろうか。未確認飛行物体か、それとも未知生物か、はたまた妖怪か。
昭和、それは「からから」という怪物体が飛んだ時代である。
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