水木しげる先生の妖怪図鑑に「尻目」という妖怪が収録されいる。
人型の妖怪で顔はのっぺらぼうだが、お尻の肛門に当たる部分に目玉があり、それを人に見せるという意味不明の行動をとる。妖怪マニアの中でも人気の高いキャラクターであり、筆者がテレビ東京で共演した芸能界随一の妖怪通のHey!Say!JUMPの山田涼介くんも好きな妖怪の一つだと証言していた。
水木先生の本を起点として、以下のような話が定番として語られる。
京都、太秦の帷子辻には、夜に全裸ののっぺらぼうが四つん這いになって出現する。しかも、肛門の位置に目玉がついており、 それを見せて人を驚かすという。
この「尻目」という妖怪は、宮川春水の『怪物図巻』にも描かれているが、 こちらは獣タイプの妖怪であり、同名だが違う種類の妖怪であると思われる。
ビジュアルが一番近く、性質も似ている妖怪が『蕪村妖怪絵巻』に掲載されているが「ぬっぽり坊主」という名前が書かれており、どちらかと言うとのっぺらぼうの一種といった扱いだ。
結論として、「蕪村妖怪絵巻」の「ぬっぽり坊主」を気に入った水木先生がビジュアルと性質をそのままに名前だけ「尻目」という名称をあてはめて現代風にアレンジしたというのが成立のプロセスだろうか。
「尻目」=「ぬっぽり坊主」とした場合、関西の妖怪になるわけだが、江戸に「尻目」に似た妖怪は出現していないのか。岡本綺堂(おかざききどう)が「文藝倶楽部」〈1902(明治35)年5月号〉 に発表した「河童小僧」の記述に妖怪「尻目」との関連を疑いたくなる性質がある。
ストーリーは以下のような感じだ。
安政の末、内藤家(延岡藩)の江戸邸屋敷に福島金吾という剣術柔術が得意な武士がいた。五月の頃、大雨の深夜に葵阪のドンドンのあたりで一人の小僧と出会う。 この大雨に傘も持たず下駄も穿かず歩いている。声をかけても小僧は返事をしないので、「こんな雨の日は着物を端折るものだ」と言って小僧の着物の裾をまくりあげた。
すると尻がピカリと光ったのでよく見ると、お尻の左右に金銀の大きな眼がある。睨むが如く輝く金銀の眼に一瞬怯んだ福島だったが、右手に持ったる提灯を投げ捨てて、小僧の襟髪掴んでドンドンの中へ真逆に投げ落とした。すると周囲には「カカカカ」いう怪しい物凄い笑い声が響き渡った。
これが筆者が気に入っている江戸の「尻目」系列と思しき妖怪談である。岡本綺堂が、全て本当に江戸で流布した妖怪談を記述しているとは断言出来ないが、江戸にも尻目系列の妖怪が息づいていた可能性は高い。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)