どんなに剛毅な人も泊まることができない廃屋がある。そんな話を、遠野の民宿経営者S氏から聞いたことがある。
民宿の食堂。その片隅で語られた民宿の主人の話に、思わず食い入るように尋ねた。
「ご主人、本当ですか、あの宜保愛子が恐れて、近寄ることもできなかった幽霊屋敷があるっていうのは」
主人は額にしわを寄せると、話を切り出した。
「本当ですよ、この遠野じゃ有名な幽霊屋敷なんですがね。山中にあってね。持ち主は知人なんですが、今は屋根も飛んでしまって完全に廃屋ですよ」「凄いですね、どんな怪異がそこでは起こってるんですか」「そうですね、あれは、あそこにまだ屋根があった頃…」
主人は遠い目をして語りはじめた。
かつて、その廃屋の付近で工事が行われたことがあった。ある日のこと、工事に時間がかかってしまい、もう日もとっぷりと暮れてしまった。職人たちを束ねる社長が廃屋を見つけ、つぶやいた。
「町まで降りるのもめんどくせえ。よし、今夜はここに泊まるか」
社長の発言に、職人たちの大部分が顔色を変えた。
「社長、この屋敷は幽霊の出るやばい場所だと聞いてますよ」
ひとりの職人の言葉に、困惑する社長。職人たちの中には出るという話を知らない者もいた。そんな職人のひとりが気にもしていない様子で社長に賛同した。
「山中だし、他に泊まれる場所もねえから仕方ないだろう」
同意見の者が現れたことに社長も気が大きくなった。
「そうだな、この世の中に幽霊なんぞ、いるもんか! 酒呑んで、寝ちまえよ」
「はぁ、そっ、そうですね。社長」
社長は、若い衆にそう言いながら、廃屋に入っていく。廃屋にはなんともいえないムードが流れていた。
※続く
(監修:山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
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