妖怪

実話怪談「蛇ナワバリ」(前編) 

 これは今から10年ほど前にあった、私自身も関係している実話です。

 刑事事件になったので実在の固有名詞は伏せてありますが、新聞やニュースでも報道されたことのある事件の裏で起っていた話です。




 亡くなった父は古美術商を営んでおり、私もしばしばその手伝いをしたり、少し身体に不自由があった父のお供をしてお客さんの所へお供する事がありました。

 その日は9月のとても暑い日で、父は旧知の商売仲間のF氏から「是非とも貴方に見てもらいたい物があるから来て欲しい」と、しつこくせがまれて、私が同行する事を条件に「売主」であるKの所へ行く事になりました。
 私は少しばかり霊的なモノを見たり、感じたりするので、父は色々な意味で私をボディーガートのようにしていたのです。

 案内されたのはガレージを改装してショーケースをいくつか置いただけの、とても店と呼べるような場所ではありませんでした。

 外からうかがい見ただけでも胡散臭く、私と父はうんざりして顔を見合わせたりしましたが、帰るわけにもいかず渋々足を踏み入れました。

 しかし、その店に入ったとたんに私は冷や水を浴びせられたように寒くなり、気分が悪くなりました。父も居心地が悪そうにしています。

「さぁさぁ座って! 何か冷たい物を買ってくるから座ってて」

 愛想のいいKに勧められるままソファーに腰掛けますが、気持ちの悪さは一向に収まる気配もなく、嫌な所に来てしまったと後悔していました。

 外は残暑の日差しが強く照り返しで真っ白に見えます。逆に中は暗くて冷たくてシ~ンとしていて、まるで別世界に隔離されたような錯覚さえします。

 申し訳程度に置かれたショーケースには、メッキの剥げた仏像やヒビの入った唐絵皿が無造作に置かれ、私たちがすすめられたソファーはすっかりクッションがへたってしまって座り心地が悪く、コンクリートの床の上に敷かれた、元は赤かったであろう絨毯は毛羽立って黒くなっています。

 何もかもが薄汚れた感じで、うなじがチリチリする私に何かが囁きかけます。

『蟲毒(こどく)だよ。蟲毒が埋まってるよ』『蛇だよ。蛇も埋まってるよ』

 意識を凝らしてよく見ると、店の四隅に何か良くないモノがある気配がします。

 そんな囁きが示すように、蟲毒や蛇なのかまでは判りませんが、1つはとても恨みの強い念が。またもう1つはKは良かれと思って埋めた禍々しいモノの念。そして他の2つはそれに吸い寄せられて来た悪いモノの気配がします。

 私は父に早く帰るように合図をしますが、一応仕事ですのですぐには帰るわけにもいかなかったのですが、父も乗り気ではないようで、一緒に来てくださったF氏に「売れるかどうかは責任が持てないから期待しないで欲しい」と、何度も念を押しています。

 30分くらい待った頃でしょうか、白い車が店の前に止まると車の人間がKに何か渡していました。そして車はそのまま走り去り、Kがニコニコしながらこちらへと戻ってきます。

 手にしているのは、古い木箱に入った小さな古道具でした。

 父は顔をしかめながら、いつもの仕事の手順通りに鑑定をし、私はソレをデジカメで撮影します。

「これが本物の証拠になるいわくを書いてある本と、そのコピーです」

 見せられた本にはそこにあるべきバーコードが剥がされた跡と、図書館の判子がありましたが、破られたページなどを見るかぎりどこからか黙って拝借してきた事は明らかでした。

 父はこっそり、私にだけに解るハンドサインで「これはダメだ」と合図してきます。私もそれに異論はありませんでした。

 父はKにも重ねて「必ず売れると言う約束はできない」と伝えて、コピーをジャケットの内ポケットに入れて、私とF氏を連れて急いでその店を離れました。

 実をいうと、私も父もKの常にニコニコした顔に違和感を感じていたのです。

 ほど近い繁華街でF氏と別れると、父は「するだけの事はした……って言い訳をするためにな」。
 
 そう言い訳して公衆ファックスから古道具が好きな顧客に資料を送信してから、「トイレに行きたい」と辺りをキョロキョロします。

 未だに気持ちの悪さが取れなかった私は、これ幸いと父を最寄りのトイレへ行かせて、出てくる時にはいつもの倍の時間をかけて手を洗うように言って聞かせ、また私自身もよく手を洗いました。
 手を洗い、うがいをして、近くの不動明王をお祀りしてあるお寺でとにかく父に厄がつかないようにお参りをして、変なモノがついてきていない事を何度も確認して自宅に戻りました。

 父がこのモノの資料を送った方とは価格面で折り合いがつかず、この案件はKに資料を返却して終わると思っていた矢先、たまたま家に来ていた職業不詳のブローカーのSがその資料を見て、

「是非とも売って欲しい!!」

 Sに見せるために置いてあった訳でもない資料を勝手に手に取り、断る父に泣き落としたり、正論で丸め込もうとしたり、帰ってからもしつこくしつこく電話をかけてきたりして「何がそこまで執着させるんだろう?」と疑問に思うほどSはこの古道具を入手したくてたまらないようでした。

 最終的にはSを父に紹介した人までも巻き込んで、父の仲介で古道具は売買されましたが、父は手間がかかったにも関わらず仲介料を受け取ろうとはしませんでした。

「娘(私)も嫌がってるし、これ以上は関わりたくないし、ソレと縁を結びたくないから」

 KもF氏も訝りましたが、父は頑なに報酬を受け取る事を拒否して、私たちとソレとの関係は終わったと思っていました。

 その古道具の事などすっかり忘れていた、年が明けた頃の早朝、自宅に警察がやってきました。
 実はあの古道具は盗品である事、Kを主犯格として、関係者として父、F氏、Sに逮捕状が出ている旨を伝えられると、父は私が急いで用意した着替えと持病の薬を持って警察まで連行されてしまいました。(後編に続く)

(はなみずき頼 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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