これは妖怪本舗のアルバイトNちゃんの不思議体験である。
ある日のこと、NちゃんはY線のM駅に向かうため、昼間の交差点で信号待ちをしていた。信号が青に変わり、渡ろうとした時だった。
『うががががががが!!』甲高い女性のような声が、どこからともなく聞こえてきた。しゃべっている言葉の意味は不明だが、何かを訴えている。
(ええっ、女の人の声、何だろう?)気になり声のする場所を探して視線を巡らせた。
ゆっくりと時間が流れていく。
「あっ!!」奇妙な風景を目にしてしまい、思わず息を呑んでしまった。
(そっ、そんな馬鹿な)目線の先には、普通の黒い4人乗りの車があった。
しかも、その車の天井には髪の長い女性がガシッとしがみついていたのだ。女は髪を振り乱し、獣のように車にしがみついている。奇妙な声は彼女から発されているのだ。
『うががががががが!!』
Nちゃんは女の姿に驚き、信号のことを忘れて女性を見つめてしまった。
普通に考えて走行中の車の上に掴まったままいることは出来ない。ではあれはなんだろうか。暫く呆然としていたが、ハッとあることに気がついた。
(車の上に乗っているのだから、車を運転している人間が気付かないことはあり得るかもしれない。けど、自分以外にも信号を渡っている人はなんで気付かないんだろう…)
Nちゃんの他にも信号を渡る人間はいた。しかし、Nちゃん以外の人間は、大きな声で奇声をあげている女性の存在に全く気づいた素振りはなく、普通に信号を渡っていく。
(可笑しな光景…)Nちゃんはぼぅとその光景を、信号が赤になるまで眺めていた。車は何事も無かったかのように、彼女の前を走り去る。奇声を上げる女性を乗せたまま。
『うががががががが!!』
女性がどうして車の上に乗っていたのか。そして車に乗っていた人々がどうなったのか。誰も知ることはない。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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