映画の「ネバーエンディングストーリー」から始まって、漫画・アニメの「ドラゴンボール」、ゲームの「ドラゴンクエスト」そして、今年ブームを巻き起こした「ゲド戦記」など、人とドラゴン(恐竜)の交流を描く作品は多い。ドラゴンへの親しみや拘りはかつて人類が、恐竜と共存した遠い記憶の残像ではないだろうか。

 事実、世界中に人類と恐竜の共存を裏付けるような状況証拠が点在している。一番有名なものでは、メキシコ・アカンバロの恐竜土偶である。現地から発掘された3万7千点にもおよぶ土偶のうち、恐竜と思える土偶が多数確認されたのである。いずれも紀元前に製作された土偶で、恐竜を学問的に、認知しない時代に製作されたと推測される。その為、恐竜と人間が共存したという証拠のひとつに挙げられている。これに対して、否定派は単純に空想の生物の姿が恐竜と一致しただけだとか、恐竜土偶を現場に埋め戻した形跡があった事実を列挙し、恐竜土偶は発見された1945年の少し前の産物であると断定している。

 だが、これには再反論する余地もある。何故なら、恐竜に体毛があったという事実は90年代以降に確定し、一般に広がった知識であるにも関わらず、恐竜土偶には体毛があるものがいくつか確認されている点である。発見当時の40年代には、体毛のある恐竜という概念は存在しない。捏造であるという否定派の意見を取り上げるなら、未来人がタイムスリップして、土偶を埋めたというのであろうか。




 また、1945年の発見時から7年間で3万7千個の土偶が発掘されているが、否定派はその土偶は発見者が作り上げたものだと主張し、否定している。確かに予め数年前から、発見時を見越して恐竜土偶を作り埋め戻すことは可能であるが、毎日休まず10個つくって年間3千個である。それを10年以上続けたというのであろうか。楽焼を作った経験があればわかると思うが、あんな作業を毎日10個づつ、10年も続ける阿呆がどの世界にいるのであろうか。また否定派は、年代測定は材料の年代を計ってしまう可能性があり、恐竜土偶の製作年が紀元前であるという年代測定は当てにならないというが、そうなると全ての考古学上の発見物の年代特定を疑わねばならない。都合の悪い発見物の測定だけ疑って、説明のつく発見物の年代測定は疑わないというスタンスが果たして学問的であるのであろうか。

 恐竜土偶以外にも、恐竜と人類の共生の証拠はある。1908年、アメリカのテキサス州パラクシー河において、1億4000万年前・白亜紀のに生きた恐竜の足跡が発見された。驚くべきことに、恐竜の足跡と共に人間の足跡が450mにわたって発見されたのである。更に驚愕すべき事は、1990年にモンタナ州立大学の発掘調査団が、完全に化石化していないティラノサウルスの足の骨の化石を発見したことである。これだけでも脅威的なのだが、なんと化石の中から血液のヘモグロビンが検出されたのだ。これは数百年以内の遺体にしか存在しえない物質である。




 またペルーで1961年に発見されたカブレラストーンには、恐竜を餌付けする人類や恐竜の背中にのる人類の姿が描かれていたのだ。これは我が国でも例外ではない。「魏志倭人伝」には、日本の沿岸にはミズチが存在するので、刺青をしてこの難を逃れていると記載されている。通常、ミズチとはサメと解釈しているのだが、筆者はサメではなく、海竜ではないかと推測している。更に、日本各地で発見される土器にも、怪物が描かれているものが存在する。長野の井戸尻考古館には、「水煙渦巻文深鉢」という土器があるのだが、これには巨大な亀のような怪物が描かれている。考古学では半人半蛙の蛙信仰の名残であると解釈しているが、これは古代の巨大亀アーケロンではないだろうか。

 恐竜の大部分が、数千万年前に滅びたという仮説は確かに事実かもしれない。だが、生物は意外にしぶといものである。全滅せず一部がその後も行き続けたことは十分考えられる。地球の主役からは降りてしまった恐竜など古代生物が、細々と数千年前までは生きており、我々の先祖が目撃し、交流した可能性は否定できないのだ。

(和田大輔 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像©PIXABAY




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