妖怪

【実話戒談】高級スーパー

 Fさんは、地方から単身上京、短大を卒業後、某大手企業で働いていた。そこで彼女は、ある同じ職場に勤める男性と知り合い、三年後に結婚した。夫の実家は本屋のチェーンを経営しており、資産も多く、何不自由ない生活が補償されていたのだが、何故か彼女はもの足らない気持ちを持ち続けた。

 自宅のマンションも夫の実家が都内の一等地に買ってくれた。夫の収入以外にも、夫の両親から生前贈与されたマンションやビルの家賃収入もあり、経済的には何も困るものはない。だが、何かが抜け落ちているのだ。
(私には何かが、足らない、それがなんなのかはわからないけど)
 彼女は胸になんともいえない、欠落した想いと虚しさが去来しながらも毎日を送っていた。
 ある日の事、彼女は自宅の近くにあるスーパーに出かけた。スーパーと言っても、普通のスーパーではない。安売りなどやっていない、高級品専門のセレブが集うスーパーである。




 Fさんは毎日のようにこのスーパーに通った。特に買いたいものがあったわけじゃない。他に目的があってスーパーに行くわけでもない。只、自宅からスーパーに通う事が主婦である自分にとって、大切な儀式のように思えたのだ。
 その日、なんとなく、彼女はスーパーに通った。ぶらぶらと歩き廻る彼女は、背後に視線を感じた。
(えっ なに?)振り返ると、初老の夫人が佇んでいた。
 ゆっくりと笑みを返す老婦人。彼女はつられて、ぎこちない会釈で応答した。
(だれかしら、知り合い? いや、あの人はしらないはずよ)老婦人は笑顔のまま目を細めながら、彼女をかわすように、隣の陳列棚に移った。

(変な人…)気を取り直すとFさんは、再び品物を見て歩いた。
(ワインにあう食べ物ってあるかしら)その長い爪に、外国産の缶詰を手にとった時、再び視線を感じた。今度は、背中では正面からだ。目が覗いている。

 陳列棚の商品の隙間から、先程の老婦人がじっと覗いている。
「ひっ いいい」
 思わず缶詰を床に落とすと、Fさんは背後の棚まで後ずさりした。素早く老婆がこちら側の通路に回り込むと、にゅーと首をつきだした。

 鳥のようなキョロ目が、彼女を見つめている。
「ごめんなさい、失礼だとわかってはいたんです、でっ、でも、つい貴方の顔を見てしまった」
 一転、肩を落とし沈痛な表情の老婦人。
 Fさんの胸中にある種の同情が浮かんだ。
「私の顔になにか…」
「貴方はね。先月死んだ孫娘にソックリなのよ」 

 老婦人は涙を浮かべるとそう言った。心なしか、老婦人の体も小さく見えた。
(だから、私の顔を見ていたのか)彼女の気持ちの中で、新しい感情が生まれた。(この人は私に興味があるのだやっと人の役にたつことができる)

「私の事をおばあちゃんと呼んでくれる?」
 おずおずと切り出した老婦人に、彼女は答えた。
「はい、いいですよ。おばあちゃん」
 電話番号を交換し、友達になる事に決めた二人は仲良く買い物をし、同じレジに並んだ。そして、彼女は老夫人とは毎週ここでショッピングする約束をしたのだ。




(わたしにも、本当の家族が出来たみたい)仕事づけの夫を疎ましく想いながら、Fさんは老夫人との出会いに感謝した。
「じゃあ、先に失礼するは、また来週、私のかわいい孫娘さん」
「ばいばい、大好きなおばあちゃん」
 手をふる老婦人がスーパーの出口から出た後、彼女は会計をした。しかし、その合計金額を聞いて慄然とした。おかしい、そんなに高い買い物はしていないはずだ。彼女は会計のミスだと猛然と抗議した。
 だが、レジ係は平然とこう言った。
「だって、先程のおばあちゃんの買い物があったでしょ。あの分も入ってるんですよ」
「どういうこと?何故、おばあちゃんの分も私が払うの?」
 困惑し、動揺するFさんにレジ係は続けた。
「だって、あのおばあちゃんが、今日の会計は一緒に来た孫娘が払うって、店に入るときに私に言ったのよ。あの人、貴方のおばあちゃんでしょ」

 Fさんは苦笑した。
――あの老人にやられた(笑)
 彼女は退屈な日常で忘れたものをみつけたような気持ちになった。もう、意味もなくスーパーにはいかない… と決めた。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

※画像 ©PIXABAY