Tさんが彼女と出会ったのは、携帯電話のメールがきっかけであった。ある日、突然メールが送られてきたのである。
(なんだ、またやらせメールか)彼はいぶかしくメールを読み始めた。『はじめまして、わたし、今、とても寂しいところにいるの、お友達になって…』こんな内容の文面であったという。
(ふん、騙されてみるか)少々薄気味悪く思ったものの、Tさんは彼女とメールを交換するようになった。すると、返事が来るようになった。(どうやら、業者のサクラじゃないようだ)大した会話ではなかったが、彼女とのメール交換はTさんにとって一服の清涼剤となったのである。
『わたしは、いつも母や父に無視されるの・・・、話しかけても返事をしてくれないし、ご飯だって出してくれない』彼女は両親とうまくいってなかったようだ。
『そのうち、両親とも和解できるよ』と何気なく返信もした。
何回かやり取りを始めてわかったことは、彼女は一時期グレて、両親に反抗したり、無免許で暴走したりした時期があったそうだ。それ以来、両親とは不仲であったのだ。勿論、会話も無く、食卓に彼女のお茶碗が並ぶ事もなかった。たまに両親が彼女に話しかけるのは、彼女の非行に対する恨み節ぐらいであった。
『わたしは、この家にとって 不要な存在なんだ』 彼女はよくメールでそう嘆いていた。
『元気だせよ、俺がいるだろう』 Tさんはそんな彼女のことを思うと胸がはち切れそうになった。
Tさんは、彼女を早く実家から救い出したいと心に決めた。フリーター生活に区切りをつけ友人の紹介で、ある会社で働きはじめた。(ようし、早く彼女と婚約して、幸せにしてやる)まだ、逢った事もない彼女の事を想い、Tさんの夢と希望は次第に大きくなっていった。
ある日の朝、いつもとは違った文面のメールが送られてきた。
『ねえ、今日は父さんも、母さんも上機嫌なの、朝からね。沢山のお菓子や果物、お寿司とか、もの凄いご馳走を、私にふるまってくれたの…、いいでしょう。今夜両親に会わせるから、遊びにこない?』という内容であったのだ。
Tさんは狂喜乱舞した。(よかった、ようやく両親と和解できたのか、今夜こそ、彼氏として挨拶しとくか?)
その夜、正装したTさんは、彼女の知らせてきた住所まで挨拶にいった。もの凄い豪邸がそこにあった。(すっ、スゲエ!あいつ金持ちだったんだ)少し固くなりながら、Tさんは玄関の呼び鈴を押した。
「どなたですか?」
「はじめまして ○○子さんの友人のTと申します」
「ああっ、そうですか、今お開けします」
くぐもった彼女の母親の声がマイク越しに聞こえた。そして、出てきた母親は上品で、愛想の良い女性であった。(お母さんがこんなに美人なら、彼女はどんなに綺麗なんだろうか)不埒な事を考えながら、Tさんは居間に通された。
「あの子の友達が来てくれるなんてうれしいわ」お茶を出しながら、母親は嬉しそうにつぶやいた。
(このお母さんが、彼女をいじめていたとはとても思えないが…)彼は不思議に感じた。
ところで、早く彼女と逢いたい。「あの、XX子さんは?」おずおずとTさんが切り出すと・・・、母親は目を細めて言った。「そうね、あの子が死んでもう一年。もう陰膳を供えるのもやめてしまったけど、あの子の事は忘れないわ…」
(そ、そんな!)Tさんは言葉を失った。更に母親は続けた。「怖い話だけど時々あの子の声が聞こえるの…」
「じゃあ、じゃあ、彼女は」狼狽するTさん。そして彼は居間の横にあった和室の仏壇に若い女の子の遺影を見た。「ほら、あの写真」母親が泣きながら仏壇を指差した。
「わああああ」彼は絶叫した。仏壇の前には果物やお菓子、お寿司など多くの食べ物が供えられている。「無免許運転なんてやめとけばよかったのに」泣き崩れる母親。
その前でTさんは、目を潤ませながら仏壇に手を合わした。心なしか、彼には彼女の遺影が一瞬微笑んだように見えた。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)