ATLASでは「史上最悪の放送事故」として1973年にTBSテレビで発生した「スタッフ遅刻事件」をご紹介したが、今回も引き続き遅刻が招いた、ちょっと同情してしまいそうな悲劇をひとつご紹介したい。
それは1972年の夏に開催されたミュンヘンオリンピックのことである。
前代未聞の遅刻事件は男子陸上100mの際に起こった。なんと、出場するはずのアメリカ選手、エディ・ハートとレイ・ロビンソンの両名がレースの開始時刻近くになっても会場に現れないのである。
ハートとロビンソンのふたりは当時陸上100mで「9.9秒」の大記録を打ち立てた「9秒コンビ」として、相当な人気選手だったために会場からは「おい!どうなってんだ!」とヤジが飛び大混乱だったという。
ハートとロビンソンのふたりは開始時刻が過ぎてもついに現れなかったためレース失格となった。
レースの終了後、ふたりは青い顔をしながらようやく会場へ到着、「なんてことだ!」と叫びながら思わず肩を落としたという。
いったいなぜ、彼らは大事なレースに遅刻してしまったのか……。
原因はコーチの持っていたスケジュール表にあった。コーチが手にしていたレーススケジュール表は1年以上も前に作成されたもので、情報が更新されないまま選手とコーチに手渡されてしまったらしいのだ。
レース当日、ハートとロビンソンを含むアメリカ人選手とコーチ氏は現地のABCテレビ(アメリカでの放送局)の中継局に招かれ、テレビ画面を見ながら談笑していた。
さて、テレビでは彼らが出場するはずの男子100mのレース中継がはじまっていたが、ドイツ語のわからない彼らはその映像を自分たちが勝ち抜けてきた1次予選の録画ビデオだとばかり思って見ていたという。しかしいつまで経ってもレースの模様が一向に進まず、そこで何か様子がおかしいことにようやく気付いたという。
「おい!これビデオなんかじゃないぞ!俺(が走るはず)のコースが空いてるじゃないか!」と、ようやく最悪の事態が発生していることを確信した。
ふたりはテレビ局の車へと飛び乗り、競技場へと急いだ。しかし、当時の世界最速に近い短距離選手でも数分後に開始されるレースに間に合わせるなど到底無理な話であり、結局彼らはオリンピックルールにより失格となってしまったのだ。
この遅刻劇はコーチ側の最終的な確認を怠ったミスではあったが後日、オリンピック協会側もスケジュール確認を怠っていたことも判明し、誰の責任も問わない形で収束したようである。
この出来事は全世界の新聞に報じられ、日本でも「世紀の大遅刻」と大々的に報道された。
なお、ミュンヘンオリンピックは開催中にイスラエルのアスリート11名がパレスチナのテロリストに殺害される「黒い九月(ブラックセプテンバー)」という血なまぐさい事件が発生していた大会であり、関係者の間ではもしや「誘拐」「暗殺」「ボイコット」などの可能性も考えられ、あまり笑えるような事態ではなかったという。
また有力選手といえども、時間に遅れたりすれば競技に出場できないオリンピックの厳格なルールを大勢の人が初めて知ったという、異例の大会でもあったようだ。
(文:穂積昭雪 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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