アフターコロナ時代、世界の言語は「日本語化」する?

画像©谷宮明知 photoAC

日本で新型コロナウイルスの感染者が少ないのは「日本語」のおかげ?

世界中で猛威を振るい、今なお収束したとはいえない新型コロナウイルス感染症だが、その感染が広がる過程で大きな謎とされたのが日本における感染者数が少ないことだ。クラスター対策が功を奏した、マスクの着用に抵抗がない、日本型BCGで免疫ができていた、アジア人の体質……などの理由が挙げられているが、決定打となったのが何なのかよく分かっていない。

なお、日本以外のアジア圏でも感染者が少ないとされるが、感染者の取りこぼしも相当数あると推測され、実際にはかなりの感染者がいるという説もある。そうだとすると、日本は突出して新型コロナウイルスの感染者が少ない国ということになる。

そうしたこともあり、特に被害の大きかった欧米の医学者たちは「日本で感染者が少ない理由」に強い関心を示している。

その文脈において、日本で感染が少ない理由の1つとして一部で注目されているのが「日本語」だ。

日本語以外の言語の多くでは、一般的に子音を強く発音するため、どうしても唾液が飛沫となって飛び散りやすい。しかし、子音を強く発音しない日本語ではそこまで唾液が飛び散らないため、それが感染リスクを低くとどめたと考えられるのだ。


画像©Ich bin dann mal raus hier. PIXABAY




日本語は「母音言語」

そうした特徴を持つ日本語を「母音言語」と位置づける考え方がある。その場合、日本語以外の言語の多くは対比的に「子音言語」と位置づけられる。その違いは、前者では、発声される音声はすべて「子音+母音」となるのに対し、後者では子音だけで発声される音声もあるということだ。

日本人の感覚では「子音+母音」が当たり前で、むしろ子音だけの発声というのは想像しにくい。そのため、英語などを話すときもすべての音に母音を付け加えて発音してしまいがちで、英語圏の人が耳にしたときには聞き取りにくい。

また、母音をしっかり発声する一方で子音の発声が小さいため、これもやはり英語圏の人からは「日本人の英語は分かりにくい」と不評を買う結果となる。

だが、子音は口内や唇で空気の流れをさえぎるようにして発声する音なので、先に述べたように会話ではどうしても唾液が飛沫となって飛び散りやすい。そのため、子音言語は新型コロナウイルスだけでなく、空気感染するあらゆる病原体の感染をうながす可能性が高くなる。

もしこのことが広く認識されたなら、世界の人々の話し方は子音を強く発声しないように変わっていくかもしれない。それは「日本語化」と呼べる変化となるだろう。


画像©Wikipedia

日本人の優しさの秘密は日本語の優しい響きにある?

母音言語と子音言語の違いを端的に説明すると次のようになる。

・母音言語
母音は舌や唇を複雑に使う必要のない原初的な発声によるものであり、必然的に情動と結び付きやすい。また、母音主体の発声は赤ん坊の泣き声や犬の遠吠えにも似て、生命力の自然な発露にも結びつく。その観点でいうと、母音言語における「子音+母音」という形の発声は、子音に対して母音が生命力を注いで音声を成すと考えてもいいだろう。

・子音言語
子音は息の流れをさえぎる舌や舌の使い方により発声するため、分断する、区切る、分析するといったことに関係する。必然的に情動よりは思考に結びつきやすいと考えていいだろう。その性質上、強く尖った感じで子音を発声することになるため、聞く側にとってはトゲトゲしい響きとなり、口論になりやすい。

世界でもまれな母音言語である日本語は子音が尖りにくいため、海外の多くの人々からは「柔らかで耳触りのいい言語」と評されている。そのような優しい響きの言語で育つと、必然的に人間性も優しくなるはずだ。

個々人を見ればいろんな人がいるのは当然だが、大枠でとらえると日本人には優しい人が多く、それには日本語が関係すると思われる。日本語が優しいから日本人が優しくなるのか、日本人が優しいから日本語が優しくなるのか、そのどちらが正解かという問題はあるが、おそらくどちらも正解で、相互に影響を及ぼしあってそうなっているのだろう。

人が言葉を作り、言葉が人を作るということだ。

一方、日本語とは逆に、多くの外国語は日本人からするとトゲトゲしく聞こえる。訪日外国人のグループのなにげない雑談が時にケンカしているように聞こえてしまうのはそのためだ。

身近な宗教でもこの違いは明白で、たとえば神道の祝詞は母音の響きが豊かで子音の存在感が薄いのに対し、サンスクリット語の音声を漢字で写し取った仏教のお経では子音の存在感が強く感じられる。これは、古来の神道に教義らしいものがほとんど存在しないのに対し、仏教では緻密に組み上げられた哲学が存在していることにも関係してくるだろう。


画像©Jeniffer, Wai Ting Tan PIXABAY




「日本語化」は思考偏重の現代文明にバランスをもたらす

母音言語と子音言語にはそれぞれ良い面があるのは言うまでもないが、この新型コロナウイルスの問題をきっかけに、世界の言語はもう少し母音言語化、すなわち「日本語化」してもいいように思える。

科学や医学の発展が人類の生存をより容易にしたことは確かだが、母音に象徴される情動や生命力の自然な発露といった側面をないがしろにした現代文明はあまりにも思考を偏重しており、自然と人、人と人、国と国との間に多くの分断を生み出しているという事実は否定できない。

そこで、日本語のような母音言語へシフトすることは、情動と思考の間にほどよいバランスをもたらすと考えていいだろう。それは、世界の人々がもう少し優しくなるということでもある。

(神谷 充彦 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る