捏造される伝統! 江戸しぐさ

 近年、「江戸しぐさ」なるマナー集が話題になっている。江戸時代から伝わる、都市生活者のマナーであったとされる江戸しぐさとは、たとえば、

・「傘かしげ」……狭い道ですれ違う際に、傘をたがいに傾けてぶつからないようにすること
・「こぶし腰浮かせ」……電車などの長い席に座る際に、隣の人との間にこぶし一つ分の空間を空けること
・「うかつあやまり」……人混みで足を踏まれた際などに、先にこちらから「どうもすいません」と謝り、場の空気を悪くしないこと

などの内容で、ACの広告や道徳の教科書にも取り上げられた。しかしこの「江戸しぐさ」、昭和の時代に創作された、まったくの捏造マナーなのである!




 江戸しぐさを提唱(創作)した芝三光によると、

「江戸しぐさは江戸商人が組織していた『江戸講』における秘伝であり、そのネットワークを恐れた明治新政府により『江戸っ子大虐殺』が行われ、江戸しぐさは失伝した」

と言う。

 江戸っ子を大虐殺し、かつその痕跡を一切歴史に残さない明治新政府とは、どれほど優れた完璧な組織だったのだろうか。そもそも秘伝だったのか、一般にも広まっていたマナーだったのか、どっちだ。
 こんないい加減な話を、ろくすっぽ検証もせずに広告に使ったACや、道徳の教科書の業者は、大いに反省していただきたい。

「起源はでたらめでも、実際に生活に役立つマナーを教えてくれるんだから、それでいいじゃないか」

 はい出ました、エクストリーム擁護!ではなぜ江戸しぐさをこれほどまで問題にしなくてはならないのか、本題に入って行きたい。

 日本人は伝統を大切にする民族だと言われている。先祖を大切にし、四季の伝統を守り、自然を愛してきた。ゆえに「伝統」と聞くと、無条件に良い物と考え、思考停止して従ってしまいがちである。
 たとえば、今話題になっている、選択式夫婦別姓制度。反対派はこう言う。

「夫婦で同じ姓を名乗るのは、日本古来の伝統である。夫婦別姓は、家族の絆を破壊し、日本社会を崩壊に導く」

 しかしながら、現行の戸籍制度が施行されたのは、明治時代になってからである。それまで、武士階級はともかく、民衆は姓も血の繋がりも、それほど強く意識することなく、「イエ」は優秀なものを養子に取るなどして、柔軟に維持されてきた。
 それが明治になって突然、「家父長制」「血族主義」の戸籍制度が導入されたので、「夫婦同姓」の伝統は、明治になってから、せいぜい百五十年の歴史しかない、新しい伝統に過ぎない。そもそももっとさかのぼれば、鎌倉時代くらいまでは、民衆の間では、女系相続が一般的だったのである。

 また、相撲が女人禁制になり、土俵に女性が上がることが禁止されたのも、二十世紀に入ってからの新しい伝統に過ぎない。江戸時代には、女相撲が大人気で、普通の相撲とセットで興行されていたから、土俵には普通に女性が上がっていたのである。




 日本を代表する花とされる桜、特にソメイヨシノは、明治時代に作られた品種で、せいぜい百年くらいの歴史しかない、新しい花である。花見の伝統は、源氏物語にも描かれているから、平安時代からあったようだが、ソメイヨシノを眺めるようになったのは、ここ百年の話なのである。

 それでも、今挙げたような伝統の数々は、明治人たちが、西洋文明を積極的に取り入れて行く中で、日本人としてのアイデンティティの確立を目指し、必死に生み出してきたものであり、それなりに尊重すべきものかもしれない。
 しかし、江戸しぐさをはじめとする、創られた伝統の数々は、マナー講師どもの単なる飯の種であり、日々量産され、我々の暮らしを住みにくくする、社会の害悪である。

 先日の今上天皇の即位の礼にあたり、安倍首相が「手のひらを内側に向けて」万歳をする姿がテレビでも放映された。これは「正式な万歳」であると言われ、安倍首相を褒める声も聞かれたが、Twitter民の活躍により、この万歳の初出が、平成に入ってから刊行されたマナー本であることが確認された。そもそも万歳自体、明治になってから

「天皇陛下を讃える日本独自の新しい作法を考えよう」

ということで作られたものであることを考えると、「美しい国」を唱える安倍首相の「伝統」に対する認識の、なんとお粗末なことか。やはり秦の始皇帝を見習って、マナー講師は穴に埋め、マナー本は焼き払わねばならない。

 学校では伝統の名のもとに、無意味な校則が強制され、危険な組体操が今日も続いている。社会でも悪しき伝統によって、効率化や生産性の拡大が阻害され、かつての経済大国は二流国家になり果てた。

 我々は伝統の名のもとに思考停止することを止め、二十一世紀の日本にふさわしい、新たな伝統を生み出して行かねばならない。かつて明治人達がそうしたように。

(寄稿:すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像© Takashi Murakami PIXABAY

 

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る