近年、北米で「ゾンビ鹿病」と呼ばれる病気が野生のシカなどの間で広まっていると大きな話題になっている。正式名称「慢性消耗病」(CWD)と呼ばれるこの感染症は、アメリカアカシカ、ヘラジカ、オジロジカ、などアメリカ大陸に分布する鹿類の間で広がりを見せており、2023年にはイエローストーン国立公園内にて感染個体が初めて発見されたことで話題になった。
アメリカのみならずカナダ、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンといった北欧でも確認され、アジアでは韓国でも飼育下の個体で発症したとの報告例もあるという。
CWDは、2000年代に日本でも大きな話題となったBSE(牛海綿状脳症)通称「狂牛病」と同系統の、いわゆる異常たんぱく質であるプリオンという感染性因子を原因とする感染症である。
脳みそがスポンジ状になり、体重が減ってやせ細って、耳や頭が垂れ下がってよだれも垂れ流し最後には死亡する。人間への感染も強く懸念されているものであるが、現在までのところ人間の感染は確認されていないようだ。
狂牛病の鹿バージョンとも言えるゾンビ鹿病であるが、一方で狂牛病と大きく違う点としてあげられているのは、血液や唾液、糞尿などからも感染するという点だ。すなわち、感染部位を除けば食しても良いとされていた狂牛病とは異なり、ゾンビ鹿病に感染したシカは解体の段階で危険が伴うということになる。
2005年にアメリカのニューヨーク州のオネイダ郡の消防隊が企画した宴会で振る舞われた肉が、後日になってCWDに感染した鹿のものであったことが判明した事例があり、およそ年に渡って肉を食した計81名の協力のもと健康状態を追跡調査したとの記録もある。結果として、著しい健康状態の変化は見られなかったという。
だが、狩猟によって鹿を捕らえ、その肉を食してしまったケースがすでに多く存在しているという推測もなされており、2017年には7,000~15,000頭ものゾンビ鹿が人間に食されたのではないかとの推定もなされている。さらに、カナダでは感染したシカ肉を食したサルの発症も実験で確認されたことで、異種間の感染被害の可能性も充分に考えうる結果となった。実際、カナダでは政府によって鹿肉の消費を避けるよう警告も発せられたそうだ。
CWDの最初の報告は、意外にも1967年と古い。アメリカ・コロラド州の研究施設に収容されていた個体から発見されたのを皮切りに、野生個体での発症も相次いで確認されたという。直接的な接触だけでなく、感染した個体の唾液で汚染された草が感染源となっていること、感染個体が死亡した土壌から発生した草を別の個体が食することなどが、広まった大きな原因ではないかと考えられている。
現時点においては、効果的な治療法もワクチンも存在しておらず、人間への感染と同時に野生個体数の激減という問題を引き起こしている。これ以上広がらないよう、そして日本に上陸しないよう願いたい。
【参考記事・文献】
北米のシカを襲う“ゾンビ病”──異種間でも感染した謎の病気の正体とは
https://wired.jp/2018/02/08/zombie-disease/
鹿がまるでゾンビみたいになってしまう「ゾンビ鹿病」がアメリカでまん延している
https://gigazine.net/news/20240303-zombie-deer-disease-spreading/
アメリカでまん延する「ゾンビ鹿病」とは?人間への感染は?日本は大丈夫?
https://jojojobs.jp/859.html
【文 黒蠍けいすけ】
Robert KrajewskiによるPixabayからの画像