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金田一耕助を造った大作家、「横溝正史」の度を超えた繊細エピソード

日本のミステリー史を代表する一人であり、金田一耕助という名探偵の生みの親といえば横溝正史だ。

都市から離れた孤島や村の因習などをテーマとしたストーリーが特徴的なことでも知られており、またアガサ・クリスティやエラリー・クイーンなどの海外の本格ミステリーを日本流に独自に取り入れ、『八つ墓村』『獄門島』『犬神家の一族』など数々の傑作を生みだしてきた。

閉鎖的な田舎の因習、おどろおどろしい土俗ホラーのイメージが強い横溝正史作品は、現代でいう怪村、村系都市伝説の原型を形成した存在であると言えるかもしれないが、彼の特に金田一耕助シリーズにおいては超常現象、怪奇現象といった描写がなされることはほぼない。

いや、それ自体は当然だろうと思えるかもしれないが、当の本人は普段きわめて温和ではあるものの、執筆となるとそれこそ何かが憑りついたように原稿を書き、また作品の構想を練るために散歩をして回っていると、帯のひもがほどけてもそれに気づかないままに徘徊し続け、近所の子供たちが怖がったほどだったと言われている。

そんな横溝正史であるが、おどろおどろしい作品の印象からはなかなかイメージできないような面がいくつか知られている。

一つには、彼は閉所恐怖症で、かつ乗り物恐怖症であったと言われている。電車をひどく怖がっており、乗る際には酒を持参して飲みながら乗り継いだり、奥さんと乗った際には手をずっと握ったりしていたというほどであった。

このため、都市部での小説家たちの交流会などにはなかなか行くことができなかったという。この点が、同時代の江戸川乱歩が探偵文壇のボス的な存在になっていたことと対称的な立場になった要因ではないかとも考えられている。




また、横溝は編み物が得意であったという。器用であった姉の影響を受けていたと言われており、非常に複雑な模様も編むことができ、子供たちに手製のセーターを着せていたほどの腕前であったようである。この編み物という特技が、のちに編み図トリックを展開させた作品『女王蜂』に発揮されることにもなった。

さらには、血をひどく怖がったという逸話もある。彼の家族の証言によれば、朝にヒゲをそっている時に誤って傷をつけて出血させると、叫ぶほどのパニックを起こしたという。探偵小説家らしからぬ、言い換えればあまりにも繊細ともいえる人柄であった横溝であるが、裏を返せばこうした繊細さが逆にその作品の魅力を引き立たせる技術として投影されていた可能性は大いにあるだろう。

彼は、物語の構成を考えている際にいきなり笑い出したり泣き出したりすることもあったという。作品への入れ込みと丹念さは一際強かったであろうことが、このことからもうかがい知れる。ただそのせいか、納得いかなかった短編を、のちに中編あるいは長編へ書き直すという”改稿癖”もあったようだ。

中には、それによってトリックはおろか犯人が変更されてしまった作品もあるという。余談だが、彼の名作『獄門島』は奥さんに原稿を読ませた際に「この人が犯人なのはおかしい」と指摘され、読み返すと確かにその通りだと考え改め、当初の犯人から変更がなされたという逸話がある。

きわめつけに、次のような逸話も残っている。彼はクラシック好きであったようで、『悪魔が来りて笛を吹く』『仮面舞踏会』などにもクラシック音楽に絡んだ描写が見られている。戦時中のこと、まだ東京に住んでいた頃の空襲のさなか、防空壕から大音量のクラシックを蓄音機から流しながら「こっちの音の方が大きいぞ!」と言って出てきたという。

彼によれば、「子供たちが怯えないように」ということの配慮であったそうだが、こうしたエキセントリックな発想が、のちの創作にも影響を与えたと考えるのが妥当なのかもしれない。

【参考記事・文献】
横溝正史
https://dic.nicovideo.jp/a/%E6%A8%AA%E6%BA%9D%E6%AD%A3%E5%8F%B2
横溝正史
https://dic.pixiv.net/a/%E6%A8%AA%E6%BA%9D%E6%AD%A3%E5%8F%B2
横溝正史とクラシック音楽
http://kakeya.world.coocan.jp/ys_pedia/study/ys_study_classical_music_with_ys.html

【文 黒蠍けいすけ】

画像 ウィキペディアより引用