オーパーツ

水銀や太歳、「始皇帝」が目指した不老不死の薬

始皇帝が、自身の権力と栄光を永遠に保持したいという欲望から、生涯をかけて不老不死を求めていたという話はよく知られている。中でも、彼が不老不死の薬であると信じていた水銀を飲んで死んだという逸話は有名だ。

水銀は猛毒である。日本では水俣病の原因物質としても知られているが、かつては遣隋使や遣唐使を通じ不老不死の薬として水銀が持ち込まれ、持統天皇も愛飲していたと言われている。また、16世紀にはヨーロッパにおいても水銀は梅毒の治療薬として注目されていたこともあり、それが日本に輸入されたこともあったという。

始皇帝が飲んだ水銀は、辰砂(しんしゃ)という鉱物から作られていたと言われている。辰砂は、流化水銀の元となる鉱物である。道教から派生した「煉丹術」と呼ばれる薬の調合法を参考に、不老不死の秘薬を作るための「外丹術」が生まれ、これによって作られた薬を始皇帝が飲んだと言われている。

硫化水銀は、辰砂の状態では真っ赤な水晶のようであり、これを熱すると銀色の液体に変化する。変化を繰り返して元に戻るという水銀の性質が、不老不死の象徴として見なされていたという説もあるようだ。

始皇帝の飲んだ薬が、水銀を原料にしていたかについて具体的根拠は無い。しかし、1974年に農民が兵馬俑を発見したことで始皇帝陵の実在が確認された際、始皇帝陵から採取された土から自然界の100倍にあたる水銀が発見されたことから信憑性が高まった。

だが、結局始皇帝はその調合された水銀を飲んだことで死んでしまったと言われている。この時、彼は50歳だったそうだが、この時代からすれば充分に長生きの部類に入っており、水銀を服用していなければより長命になっていた可能性もあるだろう。

そして、始皇帝の不老不死の探求にまつわるもう一つの伝承が残されている。




不老不死となるべく多くの仙人や方術士を集めていたと言われている始皇帝であるが、その中の一人に徐福(じょふく)という人物がいたと言われている。徐福は、その素性については不明な部分が多い人物であるが、日本にも渡来したと言われており、熊野などに伝説が残されている。

さて、この徐福であるが、彼は始皇帝から「肉霊芝」(にくれいし)と呼ばれる霊薬を探すよう命じられていたと言われている。肉霊芝とは、中国の神話上の生物であるが、マンネンタケ科の「霊芝」ではないかと言われている。

細菌、粘菌、真菌の3種類が集まってできたものであり、またごくまれに地下にできるということから伝説化していったと言われている。発見者によると、まるでそれは肉の塊のように見えたという。

この肉霊芝は、別名「太歳」(たいさい)とも言われており、表面に傷がついてもすぐに再生し、芳香を放ち非常に美味であるなどと言われ、不老不死の霊薬と考えられていた。

しかし、始皇帝の期待もむなしく、徐福は不老不死の薬があるという蓬莱山へ向かったまま、その後始皇帝の元へ戻ることはなかった。結局、始皇帝は自身の信じた不老不死の薬にことごとく騙され続けてしまったのだ。

【参考記事・文献】
徐福 ~始皇帝をペテンにかけた謎の方術士【日本にも伝わる徐福伝説】
https://kusanomido.com/study/history/chinese/66185/
始皇帝は水銀を薬として飲んでいた。不老不死への執着…。
https://zatsugaku-company.com/shikotei-suigin/#st-toc-h-2
始皇帝は不老不死を求めて何で水銀を飲んだの?
https://hajimete-sangokushi.com/2015/09/07/post-5636/
始皇帝が追い求めた不死不老の薬~ 肉霊芝とは 【20億年前から存在していた】
https://kusanomido.com/study/history/chinese/69177/

(ナオキ・コムロ 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 HiC / photoAC