スピリチュアル

「とび団子伝説」

こんにちは。「冬」と申します。

アトラスラジオは、お耳の恋人、ワンコのとうたん、硝子の中年、佐川の友人だった頃から視聴しています。私は、これといったオカルト体験や能力、霊感すらも全くなくて、投稿することもないサイレントリスナーなですが、いつも見逃すことなく楽しんでおりました。

サイレントリスナーなりの、何かネタでもないかと考えたところ、こちらの地域に昔から伝わる魔物伝説というか、民話を紹介したいと思います。

戦国時代、富山湾の海岸沿いの岩瀬から浜黒崎にかけて「古志の松原」という、昼でも薄暗い松並木の森がありました。

そこには魔物が住んでおり、往来する村人や旅人を襲い苦しめていたのでした。それを聞き知った当地の領主、大村城主の轡田豊後守(くつわだぶんごのかみ)は大いにお怒りになり、その魔物を退治してやると、単身その松原の奥深くへと入っていきました。

すると月夜の穏やかな森が一変、たちまち大嵐となるや、突如背後から毛むくじゃらの大きな魔物が襲いかかってきました。互いが上や下になる大乱闘となりますが決着がつきません。


そのころに武名高い豪傑であった豊後守も、とうとう力尽きかけ、我も此までかと「熊野権現助け給え」と神助を請いました。

すると、その時・・・突如雲の切れ間から飛んできた団子が、いきなり口の中へ入り込んできたのです。

豊後守はそれを飲み込むと、精魂尽きかけていた体は、みるみる力が湧き出し、元気を盛り返すと魔物を一気組伏し、刀でその胸奥深く突き刺して、見事魔物を退治したのでした。

以後、豊後守を救った団子は、飛びだんご伝説となり、団子は岩瀬で、厄除け魔除けの名産となりました・・・という、『飛びだんご伝説』というお話です。

内容はよくある話で、まるでポパイのほうれん草のような話なのですが、飛びだんごは現在、僅か一軒の団子屋さんのみで売られています。

昔ながらの無添加製法なので、全く日持ちしないので、作り置きはなく、注文してから手作りしてくれる期間限定の逸品です。きなことあんこ、二種類があります。

古志の松原は現在、街道となっていますが、当時からの松も点在して残されており、樹齢600歳とされているものもありました。その松は親鸞聖人が往来した際に、休息の為に腰かけた松とされ、現在は枯れて切り株のみが残されています。

ほかには源義経の鎧かけ松なども残されています。




アトラスラジオ的には、毛むくじゃらの魔物なのですが、飛びだんご伝説と共に「くまの地蔵」として祭られています。その正体なのですが、文献には「大きなヒヒ」と記されているものがありますが、もし魔物が、UMA、妖怪の類いであれば、実在した大村城主、轡田豊後守の武勇伝だけではない面白さもありそうです。

その魔物伝説のスピンオフのような話として、現代となりますが、十数年前に、熊が餌を求めて山から人里に降りてくる熊騒動が全国的にあったのは記憶にあるでしょうか?

事例として熊は、山の麓の村や街に出没するのが常でした。しかしなんと山間部から富山の中心街をはさみ、延べ数十キロ離れた浜辺に出没し、釣り人を襲うという騒動が起きたのです。

そしてその騒動の起きた場所が、飛びだんご伝説の地だったのです。

ちなみに熊は、周辺を流れる常願寺川(じょうがんじがわ)(一級河川)沿いから海岸に現れ、早朝の薄暗い頃に、背後から釣り人を襲い右肩にひっかき傷を負わせ逃げたと推測されており、浜辺には足跡が残っていたとされています。

しかし河川敷沿いとは言え、途中に整備された街や公園があるような場所を数十キロもかけ、遙々と浜辺までやって来るものなのでしょうか。

後にその熊が発見された事もなく詳細不明のままで、地元の噂では釣り人の虚言だったのでないかと囁く人もいます。当時、この騒動は全国的なニュースにもなり、地元ではちょっとした話題となったのですが、果たして本当に熊だったのか、疑問が残るところもあります。 

《戦国時代、古志の松原で同じような熊騒動があり、それを領主である豊後守が退治した。その功績を称えたのが伝説となり、その時お供をした団子が、飛びだんごとなった。魔物伝説は現代に蘇った》

なんてことを友人に披露したのですが、鼻で笑われてお終いでした。

(アトラスラジオ・リスナー投稿 冬さん ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 ウィキペディアより引用