死を呼ぶ踊りの輪「ダンシングマニア」





世界中にはどうして発生したのか、原因も治療法も不明の謎の奇病が発生した記録が存在している。

1518年、フランスのストラスブールにてFrau Troffeaという一人の女性が突然激しく踊りだすという事件が起きた。彼女は日が暮れても踊り続け、翌日になってもまだそのダンスは続いていた。

だが、やがて彼女の側には同じように踊る人が集まりはじめ、4日後には33人もの人々が加わり、何かに取り憑かれたかのように踊り続けることとなった。1ヶ月後には踊る人々の数は400名を超え、長時間の踊りつづけたために疲れはてて心臓発作を起こし、死んでしまう者も現れだした。




それでも残る人々は踊ることを止めず、最終的には参加者の多くが文字通り「踊り狂って」死んでしまったという。この事態は誰も食い止めることができず、医師はいっそのこと徹底的に踊らせようと判断し、「踊り病」の人々を躍らせるステージが作られ、楽隊まで用意されたという。参加している人の中には、殴ってでも踊りを止めてほしいと懇願する人もいたそうだ。

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この病気は「ダンシングマニア」と呼ばれるもので、現在では一種の社会現象とされている。

最も古い記録は7世紀のもので、1284年にはドイツ中央部のエアフルトからアルンシュタットまで子供たちの集団が急に踊りながら移動する様子を見せている。また1278年にはドイツのマース川にかかる橋の上で約200人の人が踊ったため、橋が壊れて落ちてしまったという事例も報告されている。




1374年6月24日にはドイツの町から発生した「ダンシングマニア」の渦がイタリアやルクセンブルクまで波及したという報告が存在している。

この「ダンシングマニア」は一説にはパンの原料だった麦による麦角中毒の影響ではないかともみられている。麦角中毒が発生すると循環器系や神経系に作用し、精神異常や痙攣が発生する。この症状が踊っているように見えたとも言われているのだ。またカルトの影響や貧困などの辛い環境から逃れようとしての心理的な逃避行動による集団ヒステリーだったとも考えられている。

様々な条件が複合的に重なり合って生まれた「奇病」がダンシングマニアだったのではないかと考えられている。

(田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像&動画©Fuoco di Prometeo/YouTube

 

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