娘は携帯電話が無くなったことを随分悲しんだ。Nさんは娘に悪いなと思ったが、その一方で安堵していた。
これでもう変な不安に悩まされずに済む。そう思っていた矢先のことだった。帰宅したAさんがテレビを見ながら晩ご飯を食べていると、こんな声が背後から聞こえて来た。
「こんばんは。聞いてますよ・・・」
食卓の後ろにあるソファに娘が座っていて、捨てたはずの、あの携帯電話を耳に当てていた。血の気が全て引くような思いにかられながら、Aさんは食卓の椅子を跳ね飛ばす勢いで席を立つと、娘の元に向かった。
「電話をやめなさい!!」
Nさんはこれまで娘に発したことの無いほどの怒声をあげた。だが、娘はそれでも携帯に耳を傾けている。
「え? あたし? あたしがどうなるの・・・?」
娘が電話に答え、そう言った瞬間だった。Aさんは無我夢中で携帯を娘の手からもぎ取ると、ほとんど無意識のうちに窓から外に放り投げていた。
いったい何を話していたのか、Nさんは娘に問いただした。娘はNさんのあまりの剣幕に泣き出してしまったが、落ち着くと「話の途中でわらかなかった」と言った。
それからしばらくは娘を幼稚園に行かせず、Nさんか奥さんの必ずどちらかがつきっきりで娘を見ているようにした。会話が終わらないうちに取り上げたことも良かったのか、今のところ娘には何も起きていないのだという。
それにしても、なぜ娘が捨てたはずの携帯電話を持っていたのか。
娘が言うには、幼稚園から帰宅すると、おもちゃ箱の中にあの携帯電話があったのだという。奥さんがこっそり戻すはずもないし、なぜ携帯電話が戻って来たのか分からないままだ。
それ以来、娘はあれほど肌身離さず持っていた携帯電話を欲しがることも無くなった。だが、娘が電気店で見本の携帯電話に触れたり、Nさんや奥さんの携帯を持とうとするたびに、またあの不吉な会話を始めるのではないかと思い、寒気を感じるのだという。
(終わり)
(監修:山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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