妖怪とは人に幸運を与える事もあるという。
佐賀県の田尻家では、家業の造り酒屋に奉られている。また静岡県の天照教本社にも。聖徳太子に殺生欲の恐ろしさを伝える為にミイラになった人魚が安置されている。妖怪のミイラは、人に富や教えを与えるものなのだろうか。
これはある人物−−−仮にAくんとしておく−−−から聞いた話だ。
ある男が高知にいた。1990年ほどまで存命だったらしい。男は元軍人で、当時70才を過ぎた老人であった。老人には、右腕、右足、右目がなかったそうである。…老人が言うには、右半身を爆弾で吹き飛ばされた結果だという。
つまり、戦争の傷跡である。終戦後、元々の出身である山奥の実家にはかえらず、高知市で暮らしていた。戦争年金がでるのだろうか、老人はとくに生活にこまった様子は見られなかった。生き残った他の家族は他県にいるようで、ほとんど姿を見せなかったという。しかし、異形の老人は周りからは白い目で見られていた。
近所でもつまはじきであった。
そんな中、A君は唯一、老人と親しく付き合った。老人の車椅子を押したり、自宅に遊びに行ったり。A君にとってはごく普通の行動であったのだが、老人にはうれしかったのであろうか。そのうち、老人は自分の秘密を打ち明けるようになった。
戦争中、南方に派遣された老人は敵と銃撃戦になった。仲間とはぐれた老人は、敵から逃げる為に海に飛び込んだ。恐怖と疲労で失神したものの、浜辺に打ち寄せられている自分に気が付いたという。
その時、突如黒いものが飛び掛かってた。50cmぐらいの動物が海から「ざざっ、ざざっ」と飛び出して…飛びついた。老人は必死に戦ったが、鋭い牙で右腕、右足、右目を深くかみ切られてしまった。
こんなところで死ぬわけにはいかない。老人は狂ったように、怪物を左手で殴り続け、そのまま再び気絶してしまった。その後、気が付くと原住民が助けてくれたらしく、部落で寝かされていた。そして、どうにか一命を取りとめたが、その時充分が医療がうけれず手足が切断された。
そして、手許には、奇妙な半魚人のような怪物の遺体の干からびたものが残ったという。原住民が老人を助けたとき、そばに落ちていたもので、老人の獲物だと思って保管していてくれたのである。
しばらく原住民の助けで生活し、終戦後、老人は帰国した。そして、その袋には、こっそり怪物のミイラが入れられていた。それ以来、老人ははツキまくった。株、競馬、不動産などで当たりまくり、莫大な財産を築いたという。
その理由は、その半魚人のミイラにあるという。そのミイラは、お守りで幸運を運んでくれると原住民はいっていたと言うのだ。
その後、その老人は変死をした。死体が海辺で発見されたというのだ。散歩中、海岸で崖下に落下したとも、自殺だったとも近所では噂された。
A君が聴いた話によると、老人の遺体は残った左手、左足がもがれ、左目がつぶされていたという。そして、半魚人のミイラも無くなってしまっていたという。
あの半魚人はどこにいったのか。誰かが持っているのか。海に帰ったのか。
A君もミイラの行方を知らないという。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集)
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