これは江戸時代に現在の山形県の庄内地方で実際に起きた話だという。
鶴ヶ丘城百間堀付近を庄内藩のお馬廻り二百石とりの大場宗平が歩いていた。友人の婚礼の帰りとあってしたたかに酔っており、謡曲などを気分よく歌いながら歩いていた。
すると城の方から一群の行列がやってくる。声もなく音もなく、咳ひとつたてない。
よく見ると葬式である。
はてこんな夜に葬式とは奇妙だ。そう思い、大場は葬列の一人の男に聞いた。
「この葬列はどなたの葬列かな」
「はい、お馬廻りの大場殿の葬列でございます」
男は表情ひとつ変えずに答えた。
大場は一瞬にして酔いがさめ、血の気が引いた。葬列は音もなく去っていく。そしてしばらく歩くと、一斉に大場の方に振り向いたのである。
その辺りは生首や大入道が出ると噂される場所であった。恐怖に打ち震えた大場は転がるように逃げて、自宅にたどり着いた。玄関を見ると、なんと葬列の送り火の跡がある。
大場は妻に問いただした。
「今夜うちから葬列が出てないか」
「あらっ何をご冗談ばかり」
妻は何も知らないようである。
翌朝、大場は小者を城下の寺という寺に走らせた。昨夜葬式がなかったかと確認にいかせたのだが、どの寺も葬式など無かったという。
大場は具合が悪くなり寝込んだ。それから数日後、強盗に入られ命を落としてしまった。
この話を聞いた者たちは、自宅の稲荷が凶事を知らせたのであろうと噂したという。
(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)